2015年12月31日木曜日

大晦日、5年ぶりに早朝の買い出しを行いました。

今年の大晦日。5年ぶりに早朝の買い出しに行ってまいりました。
場所は、所沢市北中二丁目の「ヤオフジ」と「角上魚類」。老母の買い出しの付き添いです。

脳出血を発症したのは、2011年5月。それまで大晦日早朝に買い出し、毎年の恒例行事でした。今回は、5年ぶりに母親の早朝買い出しに付き添ってみました。

驚いたのは、「角上魚類」の来場客の多さ。カートの使用が禁止されていました。足が悪い老母にとって、少々堪えたようです。しかし、あの来場客の多さでは、致したないと思います。

大晦日に「角上魚類」で買い出しをするのは開店以来の恒例でしたが、最初の頃Hは混雑してはいましたがカートは使えましたし、もう少し落ち着いて買い物ができました。あの時の雰囲気が懐かしいです。

この買い出しで、正月準備はほぼ完了。その他に、大晦日は布団を干して、シーツと枕カバーを洗濯するのが、年の決まりです。幸い、夕方までは日が出ているようなので、布団を干し、シーツを枕カバーを洗濯して、紅白歌合戦に備えます。

紅白歌合戦は、自宅から歩いて10分ほどの実家で視聴します。長男と次男、特の長男が「絶対に笑ってはいけない☓☓☓☓☓24時」を、毎年欠かさず視聴するので、自分は老母と叔母と実家で紅白を楽しみのが恒例です。
紅白の後は、菩提寺の長久寺で年越し。除夜の鐘を鳴らして、家内安全無病息災を祈願します。

今年も、本日で最後。当Blogを閲覧して頂いた皆様に、。心より御礼申し上げます。良いお年を迎えられるよう、お祈り申し上げます。



 「角上魚類」全景です。



「角上魚類」店内の様子です。大混雑でした。

「角上魚類」店頭の様子です。


「角上魚類」隣の「ヤオフジ」です

2015年12月30日水曜日

年末の恒例行事 ― 日本の年末年始、何気ない行事が大事ですね。

年末年始休暇に入ったので、昨日から大掃除そのた年末の用事を片付けました。
因みに我が家では、大掃除は夫婦二人の仕事です。子供二人が中学生までは、手伝ってくれたのですが、今は駄目です。その清掃も、二人の仕事関係で、別々に行います。暗黙の了解事項があって、分担が決まってます。

12月29日

  • 朝から、自宅一階、二階の拭き。窓用洗剤を使って丁寧に(と自分では、思ってます)
  • 窓拭き後、自宅一階と二階の一部の床掃除
  • 夕方、所沢駅のプロペ通の眼鏡店で、紛失した老眼鏡について相談。在庫がるので、度に変更がなければ、一日以内に引き渡し可能のこと。30日発注をお願い
  • 年賀状の印刷

12月
  • 朝から、清掃再開。二階の夫婦の寝室に使っている和室の掃除。畳の拭き掃除、箪笥の拭き掃除。
  • 10時に中断。コナミスポーツクラブで、今年の運動納め。一年間、お世話になりました。料金改正があるので、4月以降の更新は未定です。
  • コナミスポーツクラブから、見澤食品へ。年越し蕎麦の買い出しです。偶然、O川ご夫妻にお会いしました。可愛く愛らしいお嬢様をお連れでした。
  • 見澤食品から北野天神社へ。次男の合格祈願です。来年1月16日、17日はセンター試験なので。



    • 清掃再開、玄関の清掃と自動車の清掃。
    • 眼鏡店へ。新しい眼鏡の品定めをして、購入。

    とりあえず、今日の予定は終了しました。明日は、午前4時半に起床して、角上魚類で買い物です。
    脳出血を患う前は、大晦日の恒例行事だったのですが、今回は5年ぶり。楽しみにしています。




        

    2015年12月25日金曜日

    Merry Christmas.

    Merry Christmas.
    拙Blogをご訪問頂いた皆様。クリスマスをの佳き日を楽しくお過ごし下さい。




    2015年12月24日木曜日

    日本橋 「玉ひで」の親子丼

    本日は、年間の慰労会を兼ねた所属部署の昼食会でした。場所は、日本橋の「玉ひで」。親子丼で有名なお店です。

    筆者が所属する部署は、子育て中の方も居られるので、忘年会などは退社後ではなく昼食会という形式をとることが少なくありません。一時間という短い時間ですが、美味しい料理をいただきながらの昼食会、慣れると中々に良いものです。

    玉ひでは、会社から歩いて3分程度、極めて近いのですが訪れたことはありませんでした。昼食の時間帯、店の前を通ると行列が作られているので何となく敬遠していたのと、いつか来られると考えいたので、一度も訪れることのないままでした。
    今回は、所属部署の部門長が、玉ひでの親子丼を食べいたいとの希望で、実現しました。


    玉ひで

    玉ひで/食べログ

    玉子はふわっと仕上がられて、ご飯も程よい硬さ、鳥肉の適度な歯応えがあり、美味しゅうございました。

    撮影を忘れましたが、食後のデザートは甘みを抑えたシロップがかけられた、いちご。やはり、美味しく頂きました。






    2015年12月23日水曜日

    コンサートに行ってきます。其の名も『福山☆冬の大感謝祭 其の十五 野郎夜!! THE SECOND』

    本日は、天皇陛下の82歳の誕生日。朝6時半に起床、宮城遥拝。皇室の弥栄をお祈り申し上げました。



    皇弥栄




    ところで、本日はとある理由でとあるコンサートを見に行ってきます。其の名も【福山☆冬の大感謝祭 其の十五 野郎夜!! THE SECOND】。場所は、横浜アリーナです。
    横浜アリーナは、所沢駅からだと副都心線を経由して桜木町まで直通、以前なら躊躇したかもしれませんが、交通の発達により便利になりました。

    このコンサートは、女人禁制なのだそうです。男だけが集まるコンサートとは・・・・・
    そっち系の人に誘われないように、十分の注意しようと思います。

    福山雅治さんと言えば、福山ロス。しかし、すっかり過去のものになりましたね。流行語の移り変わりは、移り気なものですね。

    実は、こうしたコンサートに行くのは人生初めてのことです。芝居や歌舞伎、クラシックのコンサートなどは何度か行ったことがあります。

    今回は、勤務先のお取引先から、チケットのお譲りいただくことができました。場所はパシフィコ横浜なので、帰りが遅くなりそうです。兄弟が横浜に居住しているので、コンサート終了後は泊めて貰うことにしました。
    朝は、そのまま出社します。一宿一飯の恩義が出来るわけなので、兄弟夫婦と姪に麦酒とジュースを買って行きます。




    追記
    横浜に行くのは、久振りです。脳出血を発症して以来、内勤になったので自宅と勤務先の日本橋との往復で、その他の地域に行くことが稀になりました。その意味でも楽しみです。


    丁度20年前まで、神奈川県横浜市日吉に6年ほど住んでました。その期間に結婚し、長男が生まれました。中古のマンションを購入して暮らしていましたが、慶応大学の野球部、ラグビー部のグランドが近くでした。
    日吉駅前の飲み屋に行くと、野球とラグビーの慶早戦のポスターが貼ってありました。そう、日吉では早慶戦ではなく、慶早戦。間違ってはいけません。

    その関係で、現在も本籍は神奈川県横浜市です。元々の生まれ故郷である所沢に戻そうと思ってい内に現在至ってます。将来、マイナンバー制度が軌道に乗り拡充すれば、戸籍謄本や妙本などを入手も簡易になるので、このままにしておこうと思います。


    2015年12月21日月曜日

    若かりし頃の写真 - こんな時代もありました。

    アルバムの中にあった写真の一葉です。母校である、埼玉県立所沢北高二年生の頃に、写真部に所属していた同級生が撮影してくれたものと記憶しています。

    懐かしかったので、アルバムから出そうと思っていたのですが、思いの外粘着力が強く、少々損傷してしまいました。

    損傷した際には、諦めてしまったのですが、たまたまプリンターを買い換えたばかりなので、性能を試す意味で、修復に挑戦してみました。

    まずは、プリンターでアルバムに貼られていた写真をキャプチャーしました。キャプチャーした写真を、画像修正用のフリーソフトで、トリミングなど編集加工してJPEG形式で保存しました。そのファイルをL版で写真用の光沢紙に2部印字しました。

    一部に皺が寄ってしまったこと、アルバムの保存用フィルム越しのキャプチャーであり、完全に元の写真のようにはなりませんでしたが、そこそこ満足すべき状態に修復できました。

    元の写真が白黒なのが幸いしました。当時は、白黒写真も現役でしたからね。現在の北高はどうなっているか知りませんが、当時は校内に暗室があったと記憶しています。


    損傷したアルバムの写真は、そのままにしておき、修復再生した写真も並べて保存します。もう一枚は、再生の苦労を忘れないために、引き出しに仕舞っておきます。



    若かりし頃の我が身の写真。
    埼玉県立所沢北高等学校の二年生の時。



    追記
    デジカメではありませんから、写真一枚一枚が簡単に複写できるものではありませんでした。自分がネガを持っていれば別ですが、頂いた写真は大概一枚だけ。損傷してしまうと、諦めざるを得ませんでした。
    今は、素人でも創意工夫で写真の修復再生ができます。

    デジカメ、簡単に撮影できます。しかし、撮影した写真の整理はどうしているのでしょうか。小生は、整理に困ってます。



    2015年12月15日火曜日

    ネットワーク・セキュリティセミナーと増上寺と秋田屋

    昨日は、直行直帰で電波協力会・一般社団法人情報通信振興会主催の「ネットワークセキュリティセミナー」に参加してきました。
    開催場所は、港区の増上寺近くだったので、昼休みに見学してきました。
    虎ノ門近くの会社に勤務していた時代、増上寺は昼休みに何回も散歩に出かけたので、懐かしかったです。
    増上寺は、徳川家の菩提寺、徳川将軍家15代の内、秀忠、家宣、家継、家重、家慶、家茂の6人が葬られています。
     
    帰宅途上、浜松町で有名な焼き鳥屋、秋田屋さの何とも言えない匂いに逆らうことができず、ビール一本と焼鳥二本、頂きました。

    瓶麦酒を注文したのですが、麒麟ラガービールだったのが素晴らしかったです。なにせ、アサヒスーパードライが嫌いなので。
    スーパードライをのむくらいなら、水を選びます(笑)




























    秋田屋




    2015年12月14日月曜日

    教育の中立性とは


    日本共産党の小池晃政策委員長が、教育の中立性を蔑ろにする発言をしました。

    「憲法を守ろうとか、安全保障法制は反対、問題ありますよねということを先生が言わなくっちゃあ、教育になんない」と持論を述べた

    先生が安保法制反対と言わなくちゃ教育にならない」共産・小池政策委員長 教育基本法との関係は…


    ようするに、教育基本法で定めた教育の中立性を放棄としろと言っているに等しい発言です。日共や日教組、社民党などの左派勢力は、教育の中立性を厳しく主張していました。安倍政権に対する罵詈雑言は、それが理由のはずでした。

     教育基本法は学校に政治的中立性を求めており、文部科学省と総務省が作成した主権者教育の高校生向け副教材でも、政治的中立の確保に留意するよう強調している。小池氏も「もちろん『特定の政党を支持しなさい』『共産党に一票入れなさい』というのはダメだ」と言及したが、続けて「今の動きは教育を非常にゆがめる危険がある」と語った。
    上記のように述べていますが、本音は日共へ投票せよということでしょう。自分の経験から、左派勢力による教育現場への介入は、無視できないものがあります。特に、日教組の不当は介入に気を許してはならないと考えています。
    保守陣営は、日教組や日共、社民と明確に対峙していく必要があります。大阪府知事選、市長選にように、的に塩を贈るようなことは、戒めないと思います。

    2015年12月10日木曜日

    枝野民主党幹事長と山崎元自民党幹事長に物申す

    以下、産経新聞の報道からです。

    民主・枝野幹事長 普天間跡地にディズニー誘致は「ウナギのにおい」

    普天間飛行場跡地にディズニーリゾート 沖縄・宜野湾市長の要請に菅官房長官が前向き「全力で誘致」

    民主党の枝野幸男幹事長は9日の記者会見で、菅義偉官房長官が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の跡地にディズニーリゾートの施設を誘致する構想への政府支援に言及したことを「選挙対策としかいいようがない話だ。沖縄県民の皆さんをなめている」と批判した。
     さらに、構想の現実味について疑問を示した上で、「(アメとムチの)『アメ』どころか、(落語にある)『ウナギのにおい』じゃないですか? ウナギのにおいをかがせて票を集めよう、でもウナギは出てこない。それに沖縄県民の皆さんがだまされるとは到底思えない」と語った。

    リンクした記事にあるように、デイズニーリゾートの誘致構想は、沖縄県宜野湾市長の陳情が発端でしょう。これ、民主党、江田幹事長得意の民意でしょう。都合が悪くなると、選挙対策と腐す。

    民主党政権時代、自分の意に沿わない発言をした長崎県知事を、予算と盾にとって恫喝しました。
    やはり、民主党に政権担当能力はないようです。


    自民・山崎元副総裁、野党にエール 「自民1党支配良くない

    選挙に落選、引退を余儀なくされたことに対する恨み辛みがあるのはでしょう。それでも、よりよって民主党の最左派、選挙目当てに社民党を離党した辻元某の応援に駆け付け、政権批判を行うとは。
    山崎氏に自民党離党、民主党入党、最左派グループ入りを勧告する。

    2015年12月8日火曜日

    帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり - 外交から考える

    74年前の12月8日未明、帝國海軍の海上戦力の主力、第一航空艦隊が開戦劈頭、米合衆国太平洋艦隊主力を布哇真珠湾において奇襲攻撃、戦艦部隊に大打撃を与えました。



    海軍の聯合艦隊だけでなく、陸軍の南方軍も東南亜細亜方面への作戦計画を発動、米英両国との戦闘状態になった日です。

    大本営陸海軍部12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ・イギリス軍と戦闘状態に入れり

    最近、SEALDsなる礼儀を弁えない無法の輩が脚光を浴びています。そして、その無法の輩に媚を振る情けない民主、日共などの野党。
    もう一年の終わりも間近ですが、大東亜戦争 とは何だったのか、今少し真剣に総括すべきと思います。
    しかし、現実認識に著しく欠けた野党があれじゃ、期待薄です。特に、岡田代表、枝野幹事長、辻元清美、R4辺りが、相も変わらず民主党を牛耳っているので、一強多弱は体制はしばらく変わらないでしょうね。

    時の大日本帝國が、何故あのような無謀といえる多国間戦争に突入したか。それに関しては、数々の議論がり、その要因を一つに言い切ることが不可能でしょう。しかし、一つの、そして重要な要因に外交的孤立があるでしょう。

    1902年の日英同盟は、その後の日本の国際関係の基軸でした。日英同盟を背景にして、日露戦争を戦い、辛うじての勝利を勝ち取りました。そして、1923年の同盟失効を期にして、外交的経済的に孤立していきます。

    現在は、日米同盟を基軸として国家の安全保障を保っています。日本の近代史を省みるに、外交的経済的な孤立は断じて避けなければなりません。

    その際、外交の基軸となり友好国は支那でしょうか。露西亜でしょうか。南北朝鮮でしょうか。これら国家は、地政学に言って大陸国家です。日本は、これらの国家と違って海洋国家です。我が国は、日英同盟、日米同盟のように海洋国家として、歩んで行くべきです。
    その意味で、国力が落ちてきた米国を補完する限定的集団自衛権とTPPは、外交的経済的に必要な政策転換だと確信します。




    2015年12月2日水曜日

    三笠宮崇仁親王殿下 - 百寿を迎えられました

    本日12月2日は、先帝陛下の大四皇子であらせられる三笠宮崇仁親王殿下の100歳、百寿の御生誕日です。

    【三笠宮さま100歳】運動ご日課 健康維持

    大殿下は、今上天皇陛下の御叔父にあたられ、称号は澄宮、お印は若杉、最長老の皇族であれせられます。

    大殿下は、皇族方の中で唯一の軍務経験であらせられます。昭和十一年に陸軍士官学校第四十八期を騎兵科として御卒業、その後は陸軍騎兵学校、陸軍大学校第五十五期を卒業し、軍務に御精励あらせられました。

    大殿下は、支那派遣軍総司令部に若杉参謀と言う秘匿名でして勤務されましたが、そのことは総司令部内でも極秘とされ、総司令官以下極小数の関係者のみが知ることでした。
    それは、大殿下の安全確保が目的でしたが、あくまで一軍人として待遇を求めたれた大殿下の御希望でもあったと言われています。

    戦後は、歴史学を研究され、中でも古代オリエント史に造詣が深くあらせられ、幾つかの大学で教鞭をとられました。

    皇室は、慶事が続いています。11月28日に常陸宮正仁親王殿下が傘寿の御誕生日、11月30日に秋篠宮文仁親王殿下、12月1日は敬宮愛子内親王殿下と御誕生日が続いています。
    皇室は、我が国伝統文化の根源であります。その皇室最長老の三笠宮崇仁親王殿下が百寿を迎えられたことをお祝う申し上げます。

    皇弥栄

    三笠宮崇仁親王殿下


     三笠宮殿下ご夫妻


    左より先帝陛下、今上陛下、故高松宮殿下、三笠宮殿下

    2015年11月30日月曜日

    水木しげる氏死去 - 頭部強打で入院中に 

    漫画家の水木しげる氏が、心筋梗塞で死去されました。93歳だったそうです。

    「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるさんが死去 93歳

    スポーツニッポンの報道によると、水木氏は、11月11日に自宅で転倒、頭部を強打して入院したいたとのことです。
    頭部を強打したことが、心筋梗塞の遠因になったのでしょうか。筆者は、脳出血の経験者で、頭部への強打は避けるように注意を受けているので、頭部へ強打と心筋梗塞の因果関係が気になります。

    高齢者の怪我は命取り、ましてや頭部を強打したのは、その影響が皆無だったとは思えませんね。自分も決して若くないので、十分に気をつけます。
    最近、通勤でも帽子を被るようにしたのですが、転倒など頭部への打撃の影響を最小限に抑るためです。


    「ゲゲゲの鬼太郎」水木しげるさん死去 93歳

    水木氏と言えば、「ゲゲゲの鬼太郎」を思い浮かべるのは、衆目の一致するところだと思います。
    「ゲゲゲの鬼太郎」は、1968年制作の第1作からから2007年制作の第5作まで、5回のTVアニメシリーズが発表されました。
    筆者が最も記憶に残っているのが、第1作の第32話「妖花」です。南方で戦争に散った両親が、妖花となって娘を守る、悲しくも感動的な物語でした。
    筆者は、この第1作第32話は、水木氏がご自分の戦争体験を以って訴えたかった、何物かがあったのだとおもいます。
    (水木氏は、従軍した南方戦線で隻腕になったことが、氏の人生に多大な影響を与えたことは想像に難くありません)

    「ゲゲゲの鬼太郎」 DVDアニメ感想 第1期第32話「妖花」

    「ゲゲゲの鬼太郎」は、当初は棘々しい(おどろおどろしい)ものでしたが、作を重ねるに従って、段々に恐怖感が薄れてきました。それは、筆者が年齢を重ねるに従い、「ゲゲゲの鬼太郎」を視なくなったことに関係しているような気がします。
    鬼太郎は、制作を重ねることに、子供達の良き友人という側面が、段々に際立ってきました(第1作から、そのような側面はありましたが)。それも、社会が鬼太郎に、引いては水木氏に求めたのかもしれません。

    水木氏のご冥福をお祈り申し上げます。
    合掌


    2015年11月27日金曜日

    小学生がカルトの犠牲になりました。いたたまれない気持ちです。

    まずは、産経新聞の記事から


    殺人容疑で自称祈祷師を逮捕 7歳糖尿病男児の治療放置


    「腹の中に死に神が…」インスリン投与中断で7歳男児死亡 殺人容疑で自称祈祷師の男を逮捕


    犠牲になった小学生は、1型糖尿病を患っており、インシュリン注射が毎日必要だったそうです。小学生がその注射を嫌がり、藁にもすがる気持ちで、この自称祈祷師の詐欺師に騙されたようです。
    当然、そんな祈祷で1型糖尿病が治癒するわけはなく、最悪の結果になってしまいました。

    こうした正規の医療を断り、擬似医学やカルトに騙されてしまう、残念な事例が事件が報道されると、心が痛みます。今回も、両親は良かれと考えて、当該詐欺師に頼ったのでしょうか、子供が犠牲になった責任は免れないと思います。

    2010年、カルト団体による不幸な事件が発生しました。日本ホメオパシー医学協会なる、医療詐欺師団体に所属する助産師が、投与すれが助かったであろうビタミンKシロップの経口投与を行わず、同様な効果があると喧伝するレメディなる砂糖玉を投与したことで、新生児がビタミンK欠乏症で亡くなってしまうという悲劇でした。

    当該助産師は、母子手帳にはビタミンKを投与したと嘘の記載をしていました。筆者は、この偽祈祷師に行為が、この助産師、日本ホメオパシー医学協会の詐欺行為と全く変わらないと思いました。

    山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故

    皆さん、カルトや擬似医学団体に騙されないようにしましょう。

    犠牲になった小学生のご冥福をお祈りします。

    合掌


    2015年11月26日木曜日

    昭和の大女優、原節子さんが死去、号外が発行されました。

    永遠の処女と言われた昭和の大女優、原節子さんが死去されていたことが分かり、一部の新聞で号外が発行されました。
    筆者は、原さんが引退された後に生まれたので、残念ながら現役で活躍されていた時代を知りません。しかし、昭和の芸能史を考えると、日本映画の全盛時代に忽然として引退、その後も一切姿を表さなかったことが、まさに伝説となったと言えると思います。

    原さんは、「永遠の処女」と言われました。あの美貌と清楚な雰囲気が、そう言わせたのでしょうね。今の若手にアイドル(怠惰な者達)には、全く似合わない表現ですねw

    昭和遠くなりにけり、と昭和生まれの筆者は感慨に耽っております。

    原節子さんのご冥福をお祈り、合掌

    m(__)m



    2015年11月25日水曜日

    憂国記 - 三島由紀夫没後45年

    本日は憂国忌、作家で憂国の士、三島由紀夫が「楯の会」の同志と自衛隊の決起を促すために、陸上自衛隊東部方面総監室に立て篭もり、志が叶わないとみると学生長の森田必勝と共に割腹自殺を図った事件から45年です。

    この事件は、TVニュースや新聞、週刊誌で大きく取り上げられ、子供心にも記憶している衝撃的な事件でした。

    作家としてノーベル文学賞候補とも目された才能豊かな作家が、何故にこのような時代錯誤とも思える事件を引き起こしたのか。それを理解するためには、当時の時代状況、近代史、戦後史を理解する必要があると思います。

    三島は、決起の理由として憲法改正を挙げています。当時の政治情勢は、現在では信じられないほど、左翼全盛でした。当時は、ソ連などの東側諸国、支那や北朝鮮などの共産主義陣営を批判することは禁忌でした。
    警察も批判の対象であり、造反有理は毛沢東の専売特許ではなく、日本国内でも左翼陣営が無理難題を押し通す格好の脅し文句、「賀茂川の水、双六の賽、山法師。これぞ朕が心にままならぬもの」と嘆いた白河院の気持ちは、当時の為政者も同様であったでしょう。

    そうした時期の自衛隊は、その存在価値は全く否定的なもので、災害派遣や国際貢献での献身的な活躍で、国民の半数以上が自衛隊の存在を認知している現在では、全く信じがたい状況でありました。

    三島は、明確な自衛隊は武装組織、国防組織であり、栄誉有る存在であるべき陸海空自衛隊員達が、日陰者として左翼陣営の非難の対象になっていることに、憤りと矛盾を感じていたと言われており、筆者も同感です。

    三島の感じた矛盾は、突き詰めると憲法の存在、あり方に通じてきます。国家の在り方、皇室、伝統、文化、美意識など様々な問題意識が、三島にあったのだと思います。

    折しも、今年は安全保障法制の問題で、国民の政治意識が高まったと言われています。しかし、SEALDsと呼ばれる集団の粗雑で幼稚な問題認識、近代史に関する無知、福島瑞穂ようなレッテル貼りに熱を上げ、本質的な議論をしない国会議員達の見識の無さ、ノスタルジーに浸った全共闘世代の妄想、ファッション感覚で安全保障を語る芸能人。これで、本当に政治意識が高まったのでしょうか。

    日本共産党は、安倍政権打倒のため、一時的に自衛隊を容認するといして、国民連合政権構想を発表しました。これ、国民をバカにしきった構想ですね。安倍政権を打倒した後は、直ちに選挙を行い、新たな政権を樹立するのだそうです。

    ようやく安全保障法制が成立しました。しかし、日本の安全を保障するためには、三島が主張したように憲法改正が必要と思います。三島の決起から45周年。三島の願望が果たされる日が、一刻の早く訪れることを望んでいます。

    三島由紀夫没後45年(上)】 決起した元会員、貫く沈黙 肩の刀傷…今も悔いなく

    【三島由紀夫没後45年(中)】 狙撃覚悟「建軍の本義」問う 元会員「森田さんがもちかけた」 文学ではなく行動に託す

    三島由紀夫没後45年(下)】 三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」

    【三島由紀夫事件】 三島由紀夫の遺書全文 「夢は、楯の会全員が一丸となつて、義のために起ち、会の思想を実現すること」

    【三島由紀夫事件】 三島由紀夫の命令書 「皇国日本の再建に邁進せよ」

    【三島由紀夫事件】 三島由紀夫の檄文 「敢てこの挙に出たのは自衛隊を愛するが故」

    【三島由紀夫事件】 三島由紀夫と行動を共にした楯の会会員の証言集(裁判での発言や上申書)





















    2015年11月17日火曜日

    世界の皆さん 神風は、テロ行為ではありません。

    パリで発生した憎むべきテロ事件が発生しました。今回のような卑劣なテロ事件が発生すると、このような論調が必ず出てくると危惧していましたが、予想の通りです。

    まず第一に申し上げたいのは、大東亜戦争、太平洋戦争の体当たり攻撃で散華した帝國陸海軍将兵は、間違ってもテロリストでないと言うことです。

    国際法で、自衛を除く戦争が犯罪行為になったのは戦後のことです(国際連合憲章第二条)。それまでは、戦争行為そのものは、戦時国際法たるハーグ条約や国際的な慣例法においても違法ありませんでした。

    日本陸海軍の体当たり攻撃は、軍事目標に対して実施されたものであり、民間人を対象にしたテロ行為ではありません。
    (小生は、体当たり攻撃そのものは、大西瀧治郎海軍中将の言にあるように統率の外道だと思います。しかし、体当たり攻撃で散華しした英霊には、感謝の念を捧げます)

    国外ばかりでなく日本国内においても、英霊の御霊に唾する言論をなす輩がいるようです。重ねて強調します。日本陸海軍将兵の体当たり攻撃は、合法的な行為(当時の国際法上は)であり、決してテロ行為ではありません。

    世界の皆さん。過激派のテロ行為と、靖國神社の英霊を同じではありません。誤解なさらないようにお願い申し上げます。

    自爆テロ犯は「カミカズ」仏報道で「神風特攻隊」を誤解?

    特攻隊は「テロリストとは違う」「戦友への侮辱だ」 仏報道に88歳元隊員憤り

    2015年11月11日水曜日

    三菱リージョナルジェット 初飛行成功

    2015年11月11日。三菱航空機株式会社が開発していた三菱リージョナルジェット(MRJ)が、愛知県営名古屋空港において、待望の初飛行に成功しました。

    MRJは、国産初の民間旅客機YS-11以来の我が国航空産業界の悲願、願望でありました。
    YS-11は、官民共同の特殊法人の日本航空機製造が製造販売を担当しましたが、総数182機で生産を中止、結局赤字で終わりました。同規模の旅客機が黒字で終わっていることを考えると、商業的には成功とは言えませんでした。

    また、YS-11の設計を担当した技術陣は、零式艦上戦闘の主任技師、堀越二郎氏、一式戦闘機の機体班長、太田稔技師、空力班長の糸川英夫技師など錚々たるものでした。
    しかし、如何せん軍用機の設計、しかも戦闘機の設計であったせいか、その操縦性などには問題があったと言われています。また、国産と言いながら、重要な計器類なども外国産に頼ったようです。

    それでも、占領軍に航空機産業が禁じられ、長い空白期間を余儀なくされた状況の中で、技術者達は持てる力を精一杯発揮したのだと思います。

    筆者の亡父は、福岡県の県立旧制中等学校を卒業後、東京の旧制航空工業専門学校の発動機設計科に入学、技術者を目指して言いました(同時に、海軍の技術科の海軍予備生徒を目標にしていたようです)。しかし、在学中に敗戦となり、占領軍の指令の航空機産業の禁止令で、自らの希望を残念せざるを得なくなりました。
    その亡くなった父が、今回のMRJの初飛行を天国でさぞかし喜んでいると思うと、感慨深いものがあります。

    今回のMRJは、日本の産業界にとって、どれだけ大規模なものであったかは、三菱航空機株式会社への出資企業を見れば分かります。

    出資企業 出資比率
    三菱重工業 64.0%
    トヨタ自動車 10.0%
    三菱商事 10.0%
    住友商事 5.0%
    三井物産 5.0%
    東京海上日動火災保険 1.5%
    日揮 1.5%
    三菱電機 1.0%
    三菱レイヨン 1.0%
    日本政策投資銀行 1.0%

    100%

    三大商社、トヨタ自動車なども出資しており、その期待の大きさが想像できます。

    まだまだ、初飛行なので、これから商用ベースに乗るまでには紆余曲折あると思いますが、日本航空界の悲願達成のため、関係者の皆さんには頑張って頂きたいと思います。


    夢を乗せて離陸、53年ぶりに国産旅客機が初飛行

    【動画】MRJ初飛行 夢を乗せて離陸






    2015年11月10日火曜日

    「今こそ憲法改正を!1万人大会」が開催されました。

    2015年11月10日において、「今こそ憲法改正を!1万人大会」が開催されました。主催は、「美しい日本の憲法を作る国民会議」。

    以前より、国民と市民の違いをなんであろうかと考えていました。市民は、左翼リベラル勢力がよく使い言葉です。例えば、福島瑞穂然り、辻元清美然り、鳩山由紀夫然りです。

    彼ら彼女らは、原則として国家の存在を極めて軽く考える傾向があると認識しています。だから、支那や北朝鮮の脅威を軽く捉えがちです。自分が国家の存在を軽く考えるので、相手側の支那や北朝鮮なども同様と考えるのでしょう。

    しかし、両国の国家体制は極めて重たいものです。そして、軍事に重きを置いた国家でもあります。彼らは、自国の利益のためになら、軍事的手段やテロ行為を躊躇うことはありませんでした。

    支那が越南に侵攻した中越戦争、友好国の首都で爆弾テロを行う北朝鮮。我が国は、こうした極めて重たい国家体制を堅持した国々に囲まれていることを忘れてはなりません。

    小生は、我が国の未来と皇室の安寧のため、憲法改正を断固支持します。

    櫻井よしこ氏「来夏の参院選を目標に結集を」l

    2015年11月8日日曜日

    日共の国際情勢認識


    日共は、「北朝鮮、中国にリアルの危険があるのではなく、実際の危険は中東・アフリカにまで自衛隊が出て行き一緒に戦争をやることだ」としています。
    これが、日共の国際情勢認識です。この程度の認識で、安全保障法制を戦争法案と悪しざまに罵り、反対していた訳です。リアルな危機感がないのは、日共の国際認識であり、国民連合政権なるお花畠的構想です。


    共産・志位委員長「中国、北朝鮮にリアルな危険ない」

    2015年11月3日火曜日

    2015入間航空祭に行ってきました。

    本日11月3日は文化の日。昨年に引き続き入間航空祭に行ってきました。晴天に恵まれたせいか、昨年により観客が多かったように思えました。また、女性の姿が目立ちました。これも写真家 宮嶋 茂樹の写真集「国防男子」、「国防女子」の影響かと思えます。また、災害時などにおける陸海空自衛隊の活躍に感謝の思いを持つ方々が増えたのも原因と思いました。

    青い衝撃、ブルーインパルスの演技は相変わらず見事はものでありました。多くの観客も、その見事なエアショーの酔いしれていました。

    その日本最大のエアショーに関して、全く苦虫を噛み潰していた政党があり、個人が存在していたことは想像に難く有りません。また、自衛隊の存在そのものを否定する政党、団体、人士もそうでありましょう。

    日本共産党、民主党左派、落合恵子、大江健三郎、山口二郎、佐高信、田中優子、福島みずほ、辻元清美、関口宏、古舘伊知郎、吉永小百合、岸井成格、寺島実郎、河野洋平などなど諸氏にとっては、誠に苦々しい日であったでしょうね。


    自衛隊の皆さん、素晴らしい日を有難うございました。