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2016年7月7日木曜日

所沢市に住む『埼玉都民』の憂鬱

「埼玉都民」という言葉があります。「千葉都民」という言葉もあるようです。いずれにしても、肯定的な表現ではありません。今回の文章は、「埼玉都民」の憂鬱です。

埼玉都民

自分は、生まれも育ちも埼玉県所沢市です。仕事の関係などで、都合7年半ほど県外(神奈川県、千葉県)に居住したことがありますが、自らの意識では生粋の埼玉県民、所沢市民と考えていいます。
しかし、憂鬱なのです。東京の皆さんからは、「ダ埼玉」と揶揄され、埼玉県民や所沢市民からは、東京都内で働いて、地元意識がない、貢献しないと散々扱き下ろされ、どちらを見ても良きことなし。

就職してから、ほぼ東京都内で就労、働いてきました。その間、地元で働いていた皆さんと異なり、お祭りや町内会活動、防犯活動、地域活性化、町興しなど殆ど参加してません。参加したい気持ちはあるのですが、仕事のことを考えると定年になるまで無理でしょう。

最近、地元の町興し、即ち所沢の活性化を頑張ろうなどという話を聞くと、陰ながら応援させていただきます、としか考えなくなりました。
地域貢献などの活動しようと考えても、大概は「埼玉都民」たる我々の勤務時間外なんですね。それでいて、地元に貢献しない、意識が低いと言われた暁には、「埼玉都民」は立つ瀬がありません。
FBなどのSNSで、各種活動への参加募集や結果の報告が掲載されることがありますが、「埼玉都民」の勤務中に行われても、頑張っているねと、斜に構えるのみ。

殊更に地域の一体化、所沢市全体の町興しと言われても、鼻白むばかりです。と言うか、所沢市の特定の地域、地区に関ることしか考えてないような気がしてなりません。

「埼玉都民」も、地元に貢献したい気持はあります。しかし、青年会議所や商工会、商店会、自治会、町内会などには、こうした活動に参加が難しい我々には、とても敷居が高くて。というか、疎外感で一杯です。
地元で働いている人、自営業などある程度時間が自由になる人などは宜しいのでしょうが、「埼玉都民」にも都合というものがありますからね。

SNSによる情報交換が盛んです。それを否定しませんが、SNSのコミュニティ主催者の自画自賛になっていませんかね。俺って、地元に貢献してるぜ、お前らも頑張れよとね。

所沢文化フェア、所沢祭り、所沢市民フェスティバルなど観光協会や市も参画した行事があります。また、市内の社寺などの例大祭や伝統的な行事もあります。それらは、SNS主催者だけが企画したものでなく、実行委員会や氏子さん、檀家の方などが、SNSなどが存在しない時代から継承してきたものです。SNS主催者の自画自賛には、食傷気味です。

我々もビジネス関係や業界団体、公官庁との人的繋がり、専門知識と経験などで貢献できることがあると思うのです。

自慢ではありませんが、先祖代々の地元民。地域に関した歴史、謂れ、伝承、風習、頭のなかに入っています。
所沢市は、川越藩全体が川越市となったのと異なり、幕府領と旗本領が散在し、そうした歴史を持つ村落、町方が合併して成立しました。従って、地元固有の風習、伝統、歴史があり、それが所沢市の特徴でもあります。

例えば、10月に行なわれる所沢祭り、盛大ですね。同じ日に山口の中氷川神社の例大祭が行なわれます。開催日が被っていますので、両方を見ることが難しいでしょうね。事実、自分も中氷川神社の例大祭は見学したことはありません。
その他にも、市内各地の社寺が起源となる行事があります。夏などは殆ど重なりますが、それで良いと思います。それが、所沢市の歴史、成り立ちなのですから。

SNSで飛び交う話題では、所沢市の各地域の歴史、伝統、風習などにも目を向けて良いと思いますがね。何故かというと、市の人口の減少がどうの、川越がこうだ、再開発がどうだ、活性化がどうだという話題に偏りすぎている気がします。

7月から10月末にかけて、様々な行事が開催されます。楽しもうと思うのですが、「埼玉都民」は、勤務時間の関係で参加が難しく、歯痒い思いで一杯なのです。

以上、埼玉都民の愚痴でした。

2015年12月10日木曜日

枝野民主党幹事長と山崎元自民党幹事長に物申す

以下、産経新聞の報道からです。

民主・枝野幹事長 普天間跡地にディズニー誘致は「ウナギのにおい」

普天間飛行場跡地にディズニーリゾート 沖縄・宜野湾市長の要請に菅官房長官が前向き「全力で誘致」

民主党の枝野幸男幹事長は9日の記者会見で、菅義偉官房長官が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の跡地にディズニーリゾートの施設を誘致する構想への政府支援に言及したことを「選挙対策としかいいようがない話だ。沖縄県民の皆さんをなめている」と批判した。
 さらに、構想の現実味について疑問を示した上で、「(アメとムチの)『アメ』どころか、(落語にある)『ウナギのにおい』じゃないですか? ウナギのにおいをかがせて票を集めよう、でもウナギは出てこない。それに沖縄県民の皆さんがだまされるとは到底思えない」と語った。

リンクした記事にあるように、デイズニーリゾートの誘致構想は、沖縄県宜野湾市長の陳情が発端でしょう。これ、民主党、江田幹事長得意の民意でしょう。都合が悪くなると、選挙対策と腐す。

民主党政権時代、自分の意に沿わない発言をした長崎県知事を、予算と盾にとって恫喝しました。
やはり、民主党に政権担当能力はないようです。


自民・山崎元副総裁、野党にエール 「自民1党支配良くない

選挙に落選、引退を余儀なくされたことに対する恨み辛みがあるのはでしょう。それでも、よりよって民主党の最左派、選挙目当てに社民党を離党した辻元某の応援に駆け付け、政権批判を行うとは。
山崎氏に自民党離党、民主党入党、最左派グループ入りを勧告する。

2015年10月20日火曜日

所沢市長選挙 ― 藤本市長、再選なる

中学校のクーラー問題と住民投票、保育園の育休問題など、全国的な話題となった所沢市長選挙。結果としては、藤本市長の再選となりました。
藤本市長の再選を断固支持していた筆者としては、一安心です。かつてない逆風で、大丈夫を思いながらも、一抹の不安が拭いきれなかったので、選挙結果の速報が発表された時は自宅で祝杯を上げました。

投票結果

候補者名
党派
得票数
次点
並木 まさよし
無所属
26673
四位
石井 ひろし
無所属
13584
三位
市川 はるひこ
無所属
18893
当選
藤本 正人
無所属
43379




ネットでは、藤本市長以外の三人が、統一候補を擁立すれば楽勝だったいう投稿がりありました。筆者は、選挙は結果が全てであり、そうした仮定の話は余り意味がないと思いまが、余話としては面白いとであろことは認めますので、その可能性について少々考察しています。

並木 まさよし 26,673
石井 ひろし 13,584
市川 はるひこ 18,893

59,150
もし、三候補の得票を合計すると59.150票。これは、藤本市長の得票を15,771票を上回ることになります。では、三人が大同団結できたでしょうか。また、そうなった場合、選挙に勝てたでしょうか。


仮定1 大同団結は可能であったか。
おそらく、それは難しかったと思います。それは、何故か。落選した三候補毎にその理由を考えてみます。

元市議の石井候補は狭山ヶ丘が地盤で、クーラー問題で地元から押された経緯があると聞いています。また、石井候補は、市議選への立候補をせず、早くから市長選への立候補を表明していました。
狭山ヶ丘の支持者は、石井候補が当選することを願っていたのであって、他の二候補の風下に立つことを決して許容しなかったと思います。一度動き出した選挙への準備は、止める頃は難しいものです。候補者本人だけでなく支持者の意向もあり、立候補辞退、他の候補者支援は難しかったでしょう。選挙とは、そうしたものです。

並木候補は、前回の市長選挙より得票を約8,000票、増やしています。それは、友情支援ということで民主党の応援が得られたことが大きいと思われます。しかし、それが限界でしょう。
並木候補は、今回の市長選だけでなく、国政選挙でも立候補をして当選や落選を経験しています。したがって、政治の現場への復帰願望は並大抵ではありません。
前回の市長選挙でも、保守大同団結を拒否、単独立候補をしました。その結果、前市長と藤本現市長の接戦になった経緯がります。
ですから、並木候補が大同団結のために立候補を取り下げる可能性は、極めて低かったと思います。

市川候補は、無所属となっていますが、日共が擁立し、組織的な支援を受けたことは間違いありません。
その市川候補が、他の二候補の支援に回るとは思えません。また、日共の党員やシンパも、保守系のに候補への選挙協力を素直に受け入れた可能性が低かったでしょう。大阪市の住民投票では、自民党や民主党、日共が共闘しましたが、橋本市長憎しの状況が産んだ特殊事例です。
日共は、来年の参議院選挙、場合によっては衆参同時選挙を視野に入れて、組織のたがをはめるためにも、当選を度外視して市長選に全力を投入したと考えています。

以上の理由から、落選三候補が大同団結した可能性は低かったと思います。

仮定2 大同団結したら勝てたか
石井候補は、狭山ヶ丘地区からの候補という色が明確でした。石井候補が統一候補になった場合、並木候補の支持者が、そのまま石井候補の支援に鞍替えした可能性は低かったと思います。
並木候補は、それなりに固定の支持者がいますが、安松などが地盤なので、狭山ヶ丘の色が付き過ぎた石井候補への投票を忌避した可能性が考えられます。

市川候補は、統一候補になった場合はどうでしょうか。
同候補は明らかに日共の候補です。日共の固定した支持層と浮動票を獲得した可能性は高かったと思います。しかし、日共のイデオロギー体質、独善的な主張などなどを嫌い、同党の候補には絶対に投票しない層が存在します。市川氏が統一候補になった場合は、そうした人たちが離れていったことでしょう。
現在、日共が連合政権構想なるものを主張し始めました。しかし、民主党の長島昭久氏や前原誠司などの保守系国会議員が断固拒否しています。それだけ、日共にに対するアレルギーは根強いものがあります。
同候補が、統一候補になることは、返ってマイナスだったでしょう。

並木候補が統一候補になった場合はどうでしょうか。最も可能性が高かったのですが、同候補は新進党、自民党、維新の党と政党を渡り歩いています。そうした過去の経緯があり、石井候補の支持者が、投票を忌避したのはないでしょうか。また、市川候補に支持者も、並木候補への投票に積極的であったと思えません。

結果として、藤本市長は当選すべくして当選したと判断しています。

藤本市長再選
藤本市長は、投票率が上がった中で、前回の市長選より得票も得票率を増やしています。それは、市長の政策と実績への支持の表れ評価すべきだと思います。つまり、消極的選択ではなく、4人も候補の中で、最も支持されたと解すべきです。それは、他の三候補を認めるべきでしょう。

保育園問題では、日共とその影響下にある保育問題協議会などの支援を受けた一部の父兄が、行政訴訟に訴えています。その訴訟も、地裁、高裁、最高裁まで持ち込まれる可能性があります。
たとえそうなっても、藤本市長の政策に期待し、応援していこうと思います。


2015年10月17日土曜日

所沢市長選挙 ― 選挙戦も最終日

所沢市長選も、本日の20時を残すのみとなりました。今回は、市議会の自民会派が分裂、互いに現職市長と前市議を公認しています。また、民主と維新が前回の市長選にも立候補した元自民党代議士を支援(公認ではない)し、激戦を繰り広げています。

日共の候補は、所詮は泡沫、ガス抜き程度の存在でしょうが、同党のイデオロギー体質を知らいないお花畠的住民が、どの程度の投票をするかが興味深いところです。

自治体首長の選挙では、現職が強いと言われますが、今回は様々な要因が重なり激戦が想定されます。

今回の選挙は、前回と異なりネットの活用が認められました。各候補とも、SNSのFacebookやBlogなどを使用して、自らの主張の宣伝に努めています。

ネットというものは功罪があり、情報に伝達に有用なことは確かですが、真偽定かでないガセネタ、誹謗中傷が飛び交う世界でもあります。

前回の総選挙では、あくまで、従来型の選挙を実施される候補者もおられましたが、自分はその判断も否定しません。下手なネット活用は、逆に候補者の首を絞めることになると思います。

Facebookでは、知らない候補者から友達リクエスト送られてきたという投稿が少なくありません。これは、好意的な反応ではなく、逆に反感の現われでしょうね。

ネットによる選挙活動は、未だに試行錯誤の段階にあることを候補者は肝に銘じるべきだと思います。

ところで、自分は単なる一有権者。誹謗中傷に当たらない範囲で、自らの意見表明を行うことは問題ないでしょう。ということで、ネットで見つけたまとめサイトの情報をリンクさせて頂きます。


 やたらと話題の所沢市長・藤本正人氏の正体は実は凄い人だった!





2015年9月25日金曜日

「第36回リハ並木祭」

    2015年10月10日(土)に、埼玉県所沢市にある、国立障害者リハビリテーションセンター/国立職業リハビリテーションセンターの合同文化祭である「第36回リハ並木祭」が開催されます。
    当日は、障害を負った方の作品発表や、リハビリ用装具の公開などが行われます。

     自分も、4年数ヶ月前に脳出血を発症、そのリハビリのために同センターに入院、失語症の治療を受けました。

     元患者としては、リハビリというものをより一層ご理解頂い期待を念願しています。「第36回リハ並木祭」は、その絶好の機会となりえます。
    ...
    当日は、所沢市商工会議所主催の「ところざわ祭り」の日程と重なっておりますが、「第36回リハ並木祭」にも足を運んでいただけると、元患者としては、幸いです。


2015年7月1日水曜日

所沢中央病院 ― 新病棟建設



嬉しいニュースです。所沢中央病院が建て替えられます。同病院は、小生が脳出血を発症して担ぎ込まれた医療機関で、通算で二ヶ月近く入院した病院です。
家族が運び込んでくれたのが、日曜日でした。もし、休日の救急医療を引き受けてくれなければ、今頃はどうなっていたか分かりません。

正に、自分にとっては命の恩人の医療機関です。しかし、これは正直な感想ですが、老朽化が目立っていました。シャワールームも無く、若い女性は困っていました。また、トイレの一部は男女共用で、これも女性のとっては改善点でしょうね。

入院中、毎日毎晩のように救急車により、患者が搬送されてきました。所沢市、入間市、狭山市、飯能市、日高市、川越市など埼玉県内はもとより、多摩ナンバー、練馬ナンバーの救急車も見かけました。それだけ、同病院が救急医療に貢献しているこということだと思います。

その所沢中病院が、二年間で建て替えられることになったそうです。新病院の、地域の救急医療にとって大きな向上になると思います。所沢市のみならず、近隣自治体にとって(東京都も含む)、その完成が待たれることだと確信しています。
元患者として、これからも診療を受け、通院が必要な者として嬉しい限りです。


所沢駅東口の所沢中央病院、病床数160床に倍増(1)


脳出血から、まる四年が経過しました。

2014年6月24日火曜日

『映画「はだしのゲン」所沢上映委員会』への危惧

今回の投稿の発端は、自分が登録しているFacebookのグループに投稿に異議があり、コメントを返したことです。そのグループは地域の話題が中心なので、討論めいたことは相応しくないと考えたので、自分のBlogへの投稿を経由して、自分のFacebookのアカウントに反映させることにしました。

このような手順を踏む理由を説明します。Facebookは、投稿を後から検索するのが面倒ですが、Blogであれば検索機能で、追跡が容易だからです。自分は、BlogとFacebookの投稿を、恒久性と追跡可能性で使い分けています。


そもそもの発端は、『映画「はだしのゲン」所沢上映委員会』主催とする映画を推奨する投稿が、ある方からFacebookの投稿に上がったことです。
ご存知のように、「はだしのゲン」は、2013年8月に松江市教育委員会が市内小中学校に閲覧制限を要請したことで、賛否両論が巻き起こりました。

私は、この「はだしのゲン」は、連載途上から極めて政治性に高い作品に変質したと認識しています。同様な認識は少なくなく、閲覧制限の是非とは別に、作品や作者、支援団体の政治性に危惧を抱かざるをえません。少なくとも私は。

その政治性の証が、『映画「はだしのゲン」所沢上映委員会』に連なっている後援団体に明確に現れています。当該団体は否定するでしょうが、日本共産党系かもしくは影響力が強い団体ばかりです。


団体名
所沢地区労働組合協議会         埼玉県労働組合連合会 共産党系
所沢市教職員組合              埼玉県教職員組合             共産党系
埼玉県高等学校教職員組合所沢支部  埼玉県高等学校教職員組合一橋派
新日本婦人の会所沢支部         新日本婦人の会               共産党系
所沢歴教協                  一般社団法人・歴史教育者協議会
年金者組合所沢支部            全日本年金者組合              共産党系
自治労連所沢市職員組合所沢支部    日本自治体労働組合総連合       共産党系
埼玉土建所沢支部
民主商工会                  全国民主商工団体連合会          共産党系
国民救援会所                 日本国民救援会                共産党系
所沢平和委員会 日本平和委員会
所沢革新懇                  平和・民主・革新の日本をめざす全国の会 共産党系
マスコミ・文化九条の会


Facebookに投稿された方は、この党派性の強さを認識されたのでしょうか。それとも自分の危惧は筋近いなのでしょうか。
自分は、これらの後援団体名を見ただけで、自分の子供が観覧することを許す気にならない団体ばかりです。
それは、自分が十代の時が丁度1970年代と重なり、浅間山荘事件や山岳アジト事件、新左翼過激派による血で血を洗う内ゲバ事件などにリアルタイムで接し、党派性の強い団体に対する嫌悪感が拭い切れないからだと思います。

��自分の長男と次男は、大学一年生と高校二年生なので、今さら親の言うことを正面から聞くこともないでしょうが)

投稿された方は、無邪気なのか、確信的なのかは分かりませんが、「夏休みのご家族でのご参加」と推奨されています。しかし、後援団体の党派性に関しては、如何に考えているのか疑問です。恐らく、その方からは回答は得られないものと思いますが、地域の話題が中心のFBグループの投稿としては、如何なものかと思います。

ある党派、そして政党の批判と取られても致し方ないでしょうね。まあ、如何に批判されようが、考えを変える気は更々ありませんが。