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2015年12月14日月曜日

教育の中立性とは


日本共産党の小池晃政策委員長が、教育の中立性を蔑ろにする発言をしました。

「憲法を守ろうとか、安全保障法制は反対、問題ありますよねということを先生が言わなくっちゃあ、教育になんない」と持論を述べた

先生が安保法制反対と言わなくちゃ教育にならない」共産・小池政策委員長 教育基本法との関係は…


ようするに、教育基本法で定めた教育の中立性を放棄としろと言っているに等しい発言です。日共や日教組、社民党などの左派勢力は、教育の中立性を厳しく主張していました。安倍政権に対する罵詈雑言は、それが理由のはずでした。

 教育基本法は学校に政治的中立性を求めており、文部科学省と総務省が作成した主権者教育の高校生向け副教材でも、政治的中立の確保に留意するよう強調している。小池氏も「もちろん『特定の政党を支持しなさい』『共産党に一票入れなさい』というのはダメだ」と言及したが、続けて「今の動きは教育を非常にゆがめる危険がある」と語った。
上記のように述べていますが、本音は日共へ投票せよということでしょう。自分の経験から、左派勢力による教育現場への介入は、無視できないものがあります。特に、日教組の不当は介入に気を許してはならないと考えています。
保守陣営は、日教組や日共、社民と明確に対峙していく必要があります。大阪府知事選、市長選にように、的に塩を贈るようなことは、戒めないと思います。

2015年11月25日水曜日

憂国記 - 三島由紀夫没後45年

本日は憂国忌、作家で憂国の士、三島由紀夫が「楯の会」の同志と自衛隊の決起を促すために、陸上自衛隊東部方面総監室に立て篭もり、志が叶わないとみると学生長の森田必勝と共に割腹自殺を図った事件から45年です。

この事件は、TVニュースや新聞、週刊誌で大きく取り上げられ、子供心にも記憶している衝撃的な事件でした。

作家としてノーベル文学賞候補とも目された才能豊かな作家が、何故にこのような時代錯誤とも思える事件を引き起こしたのか。それを理解するためには、当時の時代状況、近代史、戦後史を理解する必要があると思います。

三島は、決起の理由として憲法改正を挙げています。当時の政治情勢は、現在では信じられないほど、左翼全盛でした。当時は、ソ連などの東側諸国、支那や北朝鮮などの共産主義陣営を批判することは禁忌でした。
警察も批判の対象であり、造反有理は毛沢東の専売特許ではなく、日本国内でも左翼陣営が無理難題を押し通す格好の脅し文句、「賀茂川の水、双六の賽、山法師。これぞ朕が心にままならぬもの」と嘆いた白河院の気持ちは、当時の為政者も同様であったでしょう。

そうした時期の自衛隊は、その存在価値は全く否定的なもので、災害派遣や国際貢献での献身的な活躍で、国民の半数以上が自衛隊の存在を認知している現在では、全く信じがたい状況でありました。

三島は、明確な自衛隊は武装組織、国防組織であり、栄誉有る存在であるべき陸海空自衛隊員達が、日陰者として左翼陣営の非難の対象になっていることに、憤りと矛盾を感じていたと言われており、筆者も同感です。

三島の感じた矛盾は、突き詰めると憲法の存在、あり方に通じてきます。国家の在り方、皇室、伝統、文化、美意識など様々な問題意識が、三島にあったのだと思います。

折しも、今年は安全保障法制の問題で、国民の政治意識が高まったと言われています。しかし、SEALDsと呼ばれる集団の粗雑で幼稚な問題認識、近代史に関する無知、福島瑞穂ようなレッテル貼りに熱を上げ、本質的な議論をしない国会議員達の見識の無さ、ノスタルジーに浸った全共闘世代の妄想、ファッション感覚で安全保障を語る芸能人。これで、本当に政治意識が高まったのでしょうか。

日本共産党は、安倍政権打倒のため、一時的に自衛隊を容認するといして、国民連合政権構想を発表しました。これ、国民をバカにしきった構想ですね。安倍政権を打倒した後は、直ちに選挙を行い、新たな政権を樹立するのだそうです。

ようやく安全保障法制が成立しました。しかし、日本の安全を保障するためには、三島が主張したように憲法改正が必要と思います。三島の決起から45周年。三島の願望が果たされる日が、一刻の早く訪れることを望んでいます。

三島由紀夫没後45年(上)】 決起した元会員、貫く沈黙 肩の刀傷…今も悔いなく

【三島由紀夫没後45年(中)】 狙撃覚悟「建軍の本義」問う 元会員「森田さんがもちかけた」 文学ではなく行動に託す

三島由紀夫没後45年(下)】 三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」

【三島由紀夫事件】 三島由紀夫の遺書全文 「夢は、楯の会全員が一丸となつて、義のために起ち、会の思想を実現すること」

【三島由紀夫事件】 三島由紀夫の命令書 「皇国日本の再建に邁進せよ」

【三島由紀夫事件】 三島由紀夫の檄文 「敢てこの挙に出たのは自衛隊を愛するが故」

【三島由紀夫事件】 三島由紀夫と行動を共にした楯の会会員の証言集(裁判での発言や上申書)





















2015年10月13日火曜日

「しんぶん赤旗」の記事から - 靖國参拝にケチをつける日本共産党

日本共産党機関紙の赤旗が、第三次安倍政権に関して、その靖國神社参拝についての記事を掲載しました。 第3次安倍改造内閣 自民閣僚全員が「靖国」派 侵略美化・改憲を推進 なぜ、靖國神社に参拝することが侵略の美化、改憲推進となってしまうのでしょうか。突っ込にどころ満載の記事です。
靖國神社参拝に関して
自分は、機会があれば靖國神社に参拝、英霊の御霊に感謝の念を捧げています。しかし、日本共産党によると、靖國神社に参拝することは、絶対してはならないことのようです。 でも、これは可笑しいですね。日共は、信仰の自由を認めているのではないか。やはり、日共にとっては、宗教はアヘンなのでしょうね。 日共と創価学会が不倶戴天の敵であることは、周知のことです。それが何故かと考えると、日共も宗教団体と考えると合点がいくと思います。 一部の宗教は、異端を絶対にに認めない排他性を有してします。日共の独善主義や排他性は、一部過激宗教と瓜二つです。 改憲に関して
自分は、改憲主義者です。改憲を考えることが、危険なことなのでしょうか。日共は、天皇制(この言葉自体が、我が国の歴史を無視した、唯物史観による誤解)を廃止するこを目標にすると明言しています。 


日本共産党の綱領案から
たちは、目標としては民主主義の精神、人間の平等の精神にたって、天皇制をなくす立場に立ちます。これをどうして実現するかといえば、主権者である国民の多数意見が、その方向で熟したときに、国民の総意で解決する、ということです。これが、天皇制の問題を解決してゆく、道理ある方法だと考えて、今度の綱領に明記したわけであります

つまり、日共は完全な護憲政党ではないのです。その点、現行憲法に一字一句の修正を認めない立場の社会民主党の方が、ブレはありません。 いずれ、改憲を目指すと明言している日共が、改憲を推進していると自民党を避難するのは、矛盾以外の何物ではないと、自分は思います。

自らの主義主張以外の一切を認めない日共の体質からすれば、この赤旗の記事も宜なるかと言うことにうなるのでしょうね。日共に何を言われようとも、靖國神社参拝をやめるつもりは、全くありません。 いま日本が必要としているのは民主主義革命

日共は、革命思想を捨てていません。


2015年7月24日金曜日

哲学者の鶴見俊輔氏が死去した件

哲学者の鶴見俊輔氏が死去されました。93歳という御年齢、大往生を言えるでしょう。

小生が大学生時代、二年生の時の社会学講読という授業で、鶴見氏の書籍を購入してレポートを書くことを課せられました。
氏は、「ベトナムに平和を!市民連合」という組織を立ち上げたように、リベラル派、まあ左翼思想の持ち主で、当時からバリバリの右翼反動軍国主義者であった、筆者とは対極にある方でありました。

とは言いながら、氏がハーバード大学で学んだプラグマティズム(実用主義、道具主義、実際主義)は、高校時代に影響を受け、現在の自分自身の思考信条の基礎となっていることは事実です。特に、ジョン・デューイには、最も大きな影響を受けましたね。

しかし、社会学講読という授業、担当助教授と意見が合わなかった為、必修にも関わらず単位がとれず、結局4年生になって、ようやく単位がとれて、苦労しました。

鶴見俊輔さん死去 「思想の科学」「ベ平連」93歳


哲学者の鶴見俊輔さん死去…戦後思想界をリード

2015年5月3日日曜日

憲法記念日らしいですね。

今日は、憲法記念日と呼ぶらしいですね。しかし、自分にとっては単なる休日です。
自分のとっての憲法記念日とは、憲法の改正が実現した日です。護憲派の、お花畑的な空理空論に関しては、全くもって聞く耳を持ちません。

護憲派は、自分達のみが憲法を理解していると考えているらしいです。彼ら彼女らは、憲法を読みましょうと言います。しかし、それは改正は許さない、改正を考えること自体が間違っているという前提のようです。そして、改正派は憲法を読んだ事がないに違いないと。実際に、そう言った護憲派を知ってます。そう日本共産党員です。
街頭演説していた日共党員に、憲法改正と言ったら、怒ってましたね。そして、馬鹿と言われました。

自分も、憲法を何回も読みましたよ。改正派であっても、憲法を何回も読んでます。その上での、憲法改正と考えているのです。

自分は、大江健三郎、関口宏、吉永小百合、山田太郎、福島瑞穂、辻元清美などの護憲派は、憲法を改正を考えること自体を許さないという、言論の自由を許さないという全体主義者と思ってます。日共は、一党独裁を目指していると思いますよ。

自分は、憲法改正が実現した時に、初めて憲法記念日を祝します。

2014年7月15日火曜日

九条の会に物申す - 貴会のみが、日本人の代表ではない。

先週の新聞記事なのですが、誠に気になるので引用させて頂きました。

特に気になったのは、記事中の下線にした「日本という国は、戦争ができる国になりました。日本人を代表して謝罪します-」という部分です(他にもあるのですが)。

いつ、誰が「九条の会」なる団体を日本人の代表としたのでしょうか。貴会が集団的自衛権のみならず、個別自衛権や自衛隊の存在すら認めないことは、承知しています。しかし、小生のように集団的自衛権に賛成する意見もあり、ま限定的容認、議論が足りない、個別的自衛権なら賛成等々、様々な意見があります。
しかしながら、貴会は日本人を代表して謝罪するという。貴会は、多様な意見の存在を認めず、自己の意見を日本人の代表とするのでしょうか。

大陸の某国や朝鮮半島北部とことなり、我が国は、多様な言論や表現の自由を認めています。誠に良い国です。そう考えていないのは、商社出身で、民主党が政治的任命した、前駐中国大使ぐらいしょう。
しかし、事実に則している必要はあろう。従って、貴会のみが日本人を代表しているような言辞は容認できない。撤回を求めたい。

護憲派知識人が「日本人代表し謝罪」

 安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定した翌日の今月2日正午過ぎ、挺対協が開いた「水曜示威(デモ)」会場となっている日本大使館前に、赤いキャップをかぶった男性が立った。男性はマイクを渡されると、日本の護憲派知識人らでつくる「九条の会」の関係者であると自己紹介し、こう話した。

 「日本という国は、戦争ができる国になりました。日本人を代表して謝罪します-」
 男性はノーベル賞作家の大江健三郎氏の名前を出しながら韓国語を交えて謝罪とあいさつを続け、集まった人々から拍手喝采を浴びて韓国メディアからも取材を受けていた。

��月21日には大阪市の女性グループが訪問。28日には「平和な未来を子供らに-新日本婦人の会」という横断幕を掲げた女性約10人、また6月4日には「新日本婦人の会 福岡県本部」の幕を広げた女性ら約20人が現れ、日本政府に「日本軍慰安婦被害者への謝罪と補償を」などと訴えていた。

 日本からの参加者は多くの場合、慰安婦問題で日本政府を追及するシュプレヒコールに参加し、記念写真を撮って帰ってゆく。挺対協側からは「(参加者のような)日本の良心的な人々との連帯を一層強め、ともに日本政府を圧迫していかなければならない」といった具合に“日本政府包囲網構築”に利用されている。

卵を投げ入れ落書き

 「集団的自衛権の行使容認反対」をテーマに、日本大使館前デモを定例化しようとする団体「平和と統一を開く人々」も出てきた。

 この団体は、「在韓米軍の韓国撤収や日米韓の合同軍事訓練、軍事・防衛に関する情報共有促進のための覚書取り交わしなどに反対を唱える親北朝鮮、反保守(朴槿恵)政権の運動体」(韓国治安関係者)という。大使館の敷地内に生卵や靴を投げ入れ、慰安婦像前の路上に着色スプレーで「集団的自衛権行使容認反対」と落書きをするなど、やりたい放題だ。

あるときには参加者によって大使館前の道路が通行不能になり、公務から戻った別所浩郎大使が車両での通行を諦めて大使館敷地まで歩いて戻るなど、警護上も問題が大きい。

 大使館前はデモが規制されているのだが、挺対協が「記者会見」と称して抜け道を作った。その言い分を警察が「やむを得ない」と放置した結果、水曜デモがある種の市民権を得て定着したのだ。韓国の治安筋は「日本大使館前は、韓国メディアの注目度が高く、アピール効果が大きい。慰安婦の像が設置されてから、特定の主張をする勢力にとっては定例デモの一等地となっている」と指摘する。

 「外国公館の静粛の保持」(ウィーン条約)が取り戻せる日は遠いようだ。


2014年6月24日火曜日

『映画「はだしのゲン」所沢上映委員会』への危惧

今回の投稿の発端は、自分が登録しているFacebookのグループに投稿に異議があり、コメントを返したことです。そのグループは地域の話題が中心なので、討論めいたことは相応しくないと考えたので、自分のBlogへの投稿を経由して、自分のFacebookのアカウントに反映させることにしました。

このような手順を踏む理由を説明します。Facebookは、投稿を後から検索するのが面倒ですが、Blogであれば検索機能で、追跡が容易だからです。自分は、BlogとFacebookの投稿を、恒久性と追跡可能性で使い分けています。


そもそもの発端は、『映画「はだしのゲン」所沢上映委員会』主催とする映画を推奨する投稿が、ある方からFacebookの投稿に上がったことです。
ご存知のように、「はだしのゲン」は、2013年8月に松江市教育委員会が市内小中学校に閲覧制限を要請したことで、賛否両論が巻き起こりました。

私は、この「はだしのゲン」は、連載途上から極めて政治性に高い作品に変質したと認識しています。同様な認識は少なくなく、閲覧制限の是非とは別に、作品や作者、支援団体の政治性に危惧を抱かざるをえません。少なくとも私は。

その政治性の証が、『映画「はだしのゲン」所沢上映委員会』に連なっている後援団体に明確に現れています。当該団体は否定するでしょうが、日本共産党系かもしくは影響力が強い団体ばかりです。


団体名
所沢地区労働組合協議会         埼玉県労働組合連合会 共産党系
所沢市教職員組合              埼玉県教職員組合             共産党系
埼玉県高等学校教職員組合所沢支部  埼玉県高等学校教職員組合一橋派
新日本婦人の会所沢支部         新日本婦人の会               共産党系
所沢歴教協                  一般社団法人・歴史教育者協議会
年金者組合所沢支部            全日本年金者組合              共産党系
自治労連所沢市職員組合所沢支部    日本自治体労働組合総連合       共産党系
埼玉土建所沢支部
民主商工会                  全国民主商工団体連合会          共産党系
国民救援会所                 日本国民救援会                共産党系
所沢平和委員会 日本平和委員会
所沢革新懇                  平和・民主・革新の日本をめざす全国の会 共産党系
マスコミ・文化九条の会


Facebookに投稿された方は、この党派性の強さを認識されたのでしょうか。それとも自分の危惧は筋近いなのでしょうか。
自分は、これらの後援団体名を見ただけで、自分の子供が観覧することを許す気にならない団体ばかりです。
それは、自分が十代の時が丁度1970年代と重なり、浅間山荘事件や山岳アジト事件、新左翼過激派による血で血を洗う内ゲバ事件などにリアルタイムで接し、党派性の強い団体に対する嫌悪感が拭い切れないからだと思います。

��自分の長男と次男は、大学一年生と高校二年生なので、今さら親の言うことを正面から聞くこともないでしょうが)

投稿された方は、無邪気なのか、確信的なのかは分かりませんが、「夏休みのご家族でのご参加」と推奨されています。しかし、後援団体の党派性に関しては、如何に考えているのか疑問です。恐らく、その方からは回答は得られないものと思いますが、地域の話題が中心のFBグループの投稿としては、如何なものかと思います。

ある党派、そして政党の批判と取られても致し方ないでしょうね。まあ、如何に批判されようが、考えを変える気は更々ありませんが。

2014年6月21日土曜日

政府が河野談話の検証結果を公表

この度、政府により明らかにされた河野談話検証結果になよると、この河野洋平という元衆議議員は、やはり万死に値すると愚考します。それも名誉有る切腹などではなく、不名誉の斬首こそ相応しいでしょうね。
歴史に対する負の歴史では、鳩山元衆議議員と双璧をなしますね。まあ、二人共国益に反し、大陸の某国に対しての媚びた発言を繰り返している点も似てますが。

河野氏は、談話に関して自己の見解を表明する必要がありますし、国会は参考人質疑を求めるべきでしょう。

河野談話の検証結果が明らかになりました。報道された通りのあったは言え、河野氏の歴史に対する責任は、重にして大なるものがります。

恐らく、社民党や共産党、福島瑞穂氏、田嶋陽子氏、田中優子氏、上野千鶴子氏などのエキセントリックで、事実でなく観念が大事、ご都合主義、大陸と朝鮮半島に対して大事主義の皆様にとっては許し難い検証結果でしょうが、政府は決して怯むこと無く、事実の公表をという今回の検証を貫いて欲しいと希望します。

河野氏の独断が災いの種蒔く

河野氏の独断が災いの種蒔く

河野談話を検証する有識者チームの報告書により、20年以上も国民の目から隠されてきた談話の実態が白日の下にさらされた意義は大きい。産経新聞が繰り返し報じてきたとおり、談話は歴史の厳密な事実関係よりも、強制性の認定を求める韓国側への政治的配慮に基づき、日韓両国がすり合わせて合作していた。また、当時の河野洋平官房長官が政府の共通認識を踏み外し、独断的に「強制連行」を認めてしまったことも改めて確認された。

 報告書は、政府が実施した関係省庁や米国立公文書館の文書調査、旧軍関係者や元慰安所経営者からの聞き取り、韓国の元慰安婦支援団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」の慰安婦証言集の分析などを通じ、こう結論付けている。

 「(政府の)一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」

 その上で報告書は、平成5年8月4日の談話発表時の河野氏による記者会見について、1つの章を設けてこう特記している。

 「(河野氏は)強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、『そういう事実があったと。結構です』と述べている」

 これについて、現在の政府高官は「それまで政府は強制連行は証拠がないという一線を守っていた。それなのに、河野氏の発言で強制連行説が独り歩きすることになった。完全な失敗だ」と指摘する。実際、河野談話には「強制連行」という文言は出てこない。

歴史認識に関する発言があった河野洋平官房長官(当時)の会見=平成5年8月4日

歴史認識に関する発言があった河野洋平官房長官(当時)の会見=平成5年8月4日

 地位ある政治家の単なる失言か確信犯的な放言か。いずれにせよ、不用意な発言で後世に災いの種をまいた瞬間だったといえよう。

 また報告書は、今年2月に国会で河野談話について証言して談話検証のきっかけとなった当時官房副長官の石原信雄氏が、慰安婦全体への強制性認定を求める韓国側に対し、こう拒否したことも記している。

 「慰安婦全体について『強制性』があったとは絶対に言えない」

 ところが、報告書によると河野談話は日韓間のすり合わせの結果、最終的に「募集、移送、管理等も甘言、強圧によるなど、総じて本人たちの意思に反して行われた」という表記に落ち着いた。

 この「全体」とも「おおむね」ともどちらとも解釈できる「総じて」という玉虫色の言葉は、当然のことながら韓国側では「全体」と受けとめられることになった。この間の事情も、趙(チョ)世暎(セヨン)・元韓国外務省東北アジア局長の産経新聞に対する次の証言と符合する。

 「韓国側から『こうした表現ならば大丈夫ではないか』と意思表示した」(17日付紙面で既報)

 韓国側は、日本側が河野談話の一部修正に応じなければ「韓国政府としてはポジティブに評価できない」とも通告しており、韓国ペースで最終調整が行われていたことも分かる。

また、こうしたすり合わせについて、日本側から韓国側に「マスコミに一切出さないようにすべきであろう」と申し入れ、韓国が了解したというエピソードも重要だ。河野氏をはじめ政府はその後、すり合わせの事実を繰り返し否定し、国民を欺いていたからだ。

 ただ、報告書は個々の事例や事実関係への評価は避けており、物足りなさも否めない。チームのメンバーの一人は「報告書の作成過程で、情報を提供する側の外務省は一貫して『穏便に、穏健に』という意向だった」と振り返る。

 政府の公式見解ではなく、民間の有識者チームの検証結果報告という形をとってもなお、なるべく波風を立てたくないとの配慮が働いている。日本外交の宿痾(しゅくあ)だろう。


2014年6月11日水曜日

憲法九条の会 - 設立10周年だそうです

毎日新聞の記事なのですが、「憲法九条の会」が設立10周年の講演会を開催したとのことです。
私は、もとより憲法改正主義者です。現在の憲法は、九条に限らず改正すべき点が少なく無いと考えてます。

まず、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」からして、空理空論です。自分は、朝鮮半島北部や大陸の一党独裁国家が、平和を愛し公正で信頼できる国家だとは、到底思えません。

どう考えても集団的自衛権を容認し、抑止力を強化するしかないと確信しています。いままで、国政選挙では安全保障を第一に考えて、投票行動を行なってきました。従って、ようやく集団的自衛権が容認に向かってきたことを、誠に喜ばしいとと認識しています。
ただ、本来は憲法改正が本筋だと思うのですが、困難でしょう。次善の策として、憲法解釈で集団的自衛権を容認することは、現在の安全保障環境から考えて最低限の施策でしょう。従って、安倍晋三総理大臣を支持致します。

作家の大江健三郎氏は、「安倍という人は、自分の言ったことが市民や専門家に受け入れられなくても平気だ」と言われたそうです。自分は、総理、元総理は敬称をもって遇するべきと考えいています。菅元総理や野田元総理であってもです。
大江氏が、安部首相と政治的見解が異なっても、総理に対して呼び捨てなどという非礼は、どうかしています。この方の品位が疑われますね。まあ、2002年に、朝鮮半島北部による日本人の拉致事件が明らかになった際、それまでに拉致否定の態度を、だんまりを決め込むことで逃げた方ですから、もともと品位とは無縁な方なのかもしれません。

東大名誉教授の奥平氏は「集団的自衛権は憲法9条を否定する概念で、これはつぶさなければいけない」という意見とのことです。だから、まずは解釈の変更を行い、然る後に憲法の改正を行うべきでしょう。しかし、氏の空想的憲法九条論とは、決して交わることはないでしょうが。

作家の澤地久枝は、「憲法9条のどこに、集団的自衛権を認めるよう解釈できる余地があるのか。平和を求める市民の心を踏みにじっているのが安倍さんだ」なのだそうです。しかし、集団的自衛権を必要と考えている、自分のような人間もいますよ。澤地氏からみれば、自分は許し難き右翼反動軍国主義者なのでしょう。氏がそう思うのであれば、それで結構です。

集団的自衛権容認、一刻も早く決まって貰いたいです。