2014年2月26日水曜日

二二六事件

昭和11年(1936年)未明、将校に率いられた歩兵第一師団の将兵1483名が決起、帝都中心部を制圧した上で、政府と軍部の首脳を殺害するという反乱事件が発生しました。
襲撃部隊を指揮したのは、第一旅団副官香田清貞歩兵大尉、歩兵大三連隊の野中四郎歩兵大尉、同安藤輝三歩兵大尉、村中孝次元大尉、磯部浅一元一等主計、所沢陸軍飛行学校操縦科学生河野寿航空兵大尉などの大尉から少尉までの若手将校でした。

襲撃の経緯
昭和11年2月25日夜半から未明にかけて、歩兵第一師団第一聯隊、同第三聯隊を中心とした下士官兵に対して非常呼集下命、実弾を配布。
一部の上級下士官を、決起を知らされており、軍法会議で罪に問われることになります。
岡田啓介総 理大臣公邸襲撃
栗原安秀中尉率いる部隊が、首相官邸を襲撃。警備に当たっていた警視庁警察官4名が拳銃で反撃、殉職
。岡田啓介首相(退役海軍大将)に間違えられて、義弟で総理秘書官の松尾伝蔵陸軍予備役大佐が殺害されました(総理の命を守るため、覚悟の上で自ら囮になったという説もあります)。
岡田首相は、憲兵の機転で生還します。

斎藤實内大臣(退役海軍大将)襲撃
部隊が内大臣私邸を襲撃、四十発の弾丸を身に受けて即死します。

鈴木貫太郎侍従長(予備役海軍大将)
安藤輝三歩兵大尉麾下の部隊が、侍従長公邸を襲撃します。安藤大尉は、鈴木大将に止めを刺そうとしますが、鈴木夫人の懇願により、敬礼をもって立ち去ります。大将は、重症を負いながらも助かりま す。昭和二十年、鈴木大将に内閣総理大臣の大命降下、ボツダム宣言受託の大仕事をやり遂げることになります。

斎藤内大臣、鈴木侍従長、岡田首相は海軍大将でした。三人が海軍大将が的に取られたことは、事件における海軍の行動に少なからずの影響を与えた可能があったと、自分は考えています。

渡辺錠太郎陸軍大将
襲撃部隊は、教育総監の渡辺錠太郎大将私邸を急襲、大将は即死します。

警視庁襲撃
野中四郎大尉指揮下の500名の部隊が警視庁を襲撃します。警視庁は、帝都の治安維持のため、特別警備隊を編成していましたが、陸軍の武装に抗すべくもなく制圧されてしまいます。部隊は、警視庁正面に重機関銃を据えて本格的抵抗を封じてしまいます。
現在の警視庁は、特別襲撃 部隊、銃器対策レンジャー部隊など当時の警視庁特別警備隊以上に武装していなすが、やはり自衛隊の重火器にはかないません。軍事組織は、警察力を凌駕することは出来ないという教訓ですね。

※ 私は、自衛隊肯定論です。

陸軍大臣告示
これが、現在なっても議論を読んでいる、不可解な文書です。陸軍は、事態に収拾に関して二つ割れ、青年将校の主張に融和的な勢力と、石原莞爾少将のように断固懲罰を主張する勢力に割れます。この陸軍大臣告示は、、決起将校の行動を追認しているような、したいないような意味不明の文書で、現在いたるまで226事件を語る際に問題になります。

海軍の動き
午後8時40分、戒厳令が施行され、東京警備司令部に戒厳司令部が設置されます。海軍は演習中であった第 二艦隊を大阪湾に、第一艦隊を東京湾に急派します。また、横須賀特別海軍陸戦隊の一部を芝浦に派遣し、海軍の施設の警備に当たらせます。
海軍も青年将校に同情的な勢力(加藤寛治大将)もありましたが、三大将を標的にされたことで、海軍省は反乱部隊に対して徹底抗戦を決定します。これは、海軍の陸軍に対する敵対意識があった、と言ったら言いすぎでしょうか。

と、このような経緯で、帝都を揺がした日本最大のクーデータ事件が幕を開けたわけですね。二二六事件が、陸軍大事告示など、今に至っても不可思議な事が多すぎます。専門家のにならず、在野の歴史家や研究家など尽きることがない話題を提起してくれて、且つ誠に大事は歴史上の大事件だと思います。

2014年2月25日火曜日

高次脳機能障害セミナーと身体障害者手帳

本日は有休休暇を取得して、地元の埼玉県所沢市主催の高次脳機能障害セミナーに出席してきました。
自分にとっては、誠に為になる有意義な時間でした。来月3月4日、11日も休暇に許可を頂いたので、出席する予定です。
複数のグループに分かれてのワークショップ形式でしたが、自分のグループは7人の班でした。その内、自分を含め二人が実際の障害者経験者、その他の5人の方達がボランティアの皆さんでした。皆さんの話を聞き、有意義な時間を過ごすことができました。
来週と再来週のセミナーも、誠に楽しみです。

セミナーの後、所沢市庁の障害福祉課に出頭してきました。これは、身体障害者手帳の交付を受けるのが目的でした。
実は、昨年の12月に心療内科の主治医と長らく相談し、身体障害者四級の認定を申請しておきました。身体に麻痺が無いので、認定が降りる可能性は半分以下と考えていましたが思いもかけず、身体者障害者手帳の交付を受けることが出来ました。
交付を受けることが出来ましたが、現在も複雑な気持ちです。自分は、脳波検査や複数回のMRI検査などを経由して、今回の認定に辿り着きました。ただ、それでも自分が身体障害者に該当するのか、複雑な気持ちです。身体障害を盾にして不正を行う輩がいるからです。
不正を行う輩は、実数としては数%程度ですが、数億の収入を得ながら生活保護を受給していた在日韓国人などの悪質な事例が後を絶たず、厳しい姿勢で臨むのは致し方無いと思います。

自分は四級なので、障害者手当が付くとか直接的なメリットが有る訳ではないのですが、それども少なからずの優遇処置があります。それも納税者、有権者の皆さんのお陰であることは間違いありません。

身体障害者四級であっても、不正感を抱かえないように気をつけないと思う、今日此の頃です。

2014年1月17日金曜日

小野田寛郎元陸軍少尉逝去す

悲しいニュースが流れました。

小野田寛郎さん死去、終戦知らずルバング島30年間任務続行 91歳 自然塾で育成に尽力
2014.1.17 09:38

戦争が続いていると信じフィリピン・ルバング島に30年間任務を続けた元陸軍少尉で、ボランティアなどを養成する「小野田自然塾」理事長の小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんが16日午後4時29分、肺炎のため都内の病院で死去したことが17日、分かった。91歳だった。葬儀・告別式は親族のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。

遺族らによると、体調を崩して6日から入院していたという。

大正11年、和歌山県亀川村(現海南市)で生まれ、昭和19年に諜報員などを養成する陸軍中野学校を卒業後、情報将校としてフィリピンへ派遣。20年の終戦後も任務解除の命令が届かず、ルバング島の密林にこもって戦闘を続け、49年3月に任務解除命令を受けて帰国した。

50年にはブラジルへ移住し、牧場を開業。平成元年には小野田自然塾を開設し、ルバング島での経験を基にキャンプ生活を通した野外活動などでボランティアの育成などに尽力した。近年は都内で生活し、国内各地で講演を行っていた。


小野田寛郎元日本陸軍少尉が、ご逝去されていたことが明らかになりました。小野田元少尉は、歩兵六十一聯隊に入営、甲種幹部候補生に志願して合格、久留米第一陸軍予備士官学校に入校しました。
その後、陸軍中野学校二俣分校に入校しましたが、このことが小野田少尉の一生を左右する一大事となりました。

中野学校二俣分校は、本校が諜報・謀略・防諜戦などを教育されたのに対して、ゲリラ戦術(遊撃戦術)、破壊工作教育を受けて、敵後方の破壊活動などが主任務となりました。

中野学校二俣分校での教育後、見習士官を経て陸軍予備少尉に任官し、第十四方面軍に配属され、歩兵第八師団付を命じられています。

歩兵第八師団は、隷下の歩兵第八聯隊をレイテ島に派遣しましたが、ほぼ全滅しています。師団主力はルソン島南部に展開、米軍や現地ゲリラと死闘を繰り返し、やはり壊滅打撃を被っています。小野田少尉は、形式的には同師団の参謀部所属でした。

小野田少尉は、ルバング島に赴任、部下の下士官兵三名と共に八月一五日を過ぎた後も戦い続けることになります。

戦闘中、部下一名は投降し日本に帰還します。昭和二十九年、元伍長がフィリピン警察軍に射殺(戦死)され、同四十七年十月に元上等兵が戦死します。元上等兵は、正に最後の戦死者と言えます。

昭和四十九年(1974年)2月、運命の出会いが訪れます。日本の冒険家、鈴木紀夫氏と小野田少尉が奇跡の邂逅を果たします。小野田少尉は、熱意を以って帰国を促す鈴木氏の説得を受け入れ、もし命令解除が出されるのであれば投降することを了承します。

鈴木氏の連絡を受け、日本政府は救出チームを派遣、同年三月九日に上官である元陸軍少佐から第十四方面軍司令官山下奉文陸軍大将名の作戦命令書「尚武集団作戦命令」と口頭による命令により、任務解除を受け入れます。

小野田少尉は、その際に軍刀をフィリピン警察軍の将校に手渡します。これは、小野田少尉は救出されたという認識は全くなく、降伏と捉えていたからです。軍刀を敵側に手渡すのは、古来より洋の東西で確立していることで、小野田少尉も慣習に従ったものと推測されます。

小野田少尉は、両政治関係者とマニラに移動しますが、自分は処刑されるものと覚悟していたと云われています。それは、終戦後もフィリピン軍・米軍と戦闘行動を行い、また現地住民に対しても殺傷行為を行っていたからです。これは、当時のフィリピンのマルコス大統領の恩赦が与えられたことで、解決します。

処刑を覚悟した小野田少尉ですが、ぼろぼろの軍服姿だったにも関わらず、フィリピン軍の栄誉礼を以って、この勇者を称えたと言います。その後、背広姿で日本に帰国しますが、羽田空港に降り立った瞬間が、小野田寛郎’帝国陸軍少尉’が、’元少尉’になったと言えるのではないでしょうか。

小野田元少尉に不屈の精神に敬意を表し、謹んでお悔やみを申し上げます。
合掌

小野田寛郎少尉の動画

2014年1月7日火曜日

国立障害者リハビリテーションセンターと2020年のパラリンピック

「オリンピック・パラリンピック準備局」が設立されたそうです。2020年のオリンピックに向かって、本格的に準備が開始されたことになった訳ですね。
これは、私の知人の発想なのですが、国立障害者リハビリテーションセンター(以下NRC)の設備をパラリンピックで活用できないか、ということです。

NRCは、所沢市にある日本国内で最も先進的なリハビリテーションサービスが提供可能な施設です。NRCには、リハビリテーション専門の病棟、訓練施設、プール、体育館があります。また、研究所も併設されており、義手や義足、車椅子の開発や研究も行われています。従って、パラリンピックの選手達に競技用の車椅子や義手、義足などを提供することが可能ではないかと思います。

本番の競技は東京都内で実施することになりますが、NRCの施設と所沢市内や近隣の自治体の施設を活用して、練習やトレーニングに役立てることは可能だと思われます。

川越市の霞ヶ関カントリークラブが、ゴルフの実施会場に決まりました。所沢市が、パラリンピック選手のトレーニング会場に立候補することを可能と思います。

私自身が、NRCでのリハビリテーションによって職場復帰することができました。そんなことあって、NRCには思い入れがあります。自分が居住する所沢市で、世話になったNRCがパラリンピックに貢献する、そんな夢が実現しないかと、強く強く念願しています。

2014年1月1日水曜日

謹賀新年

謹賀新年2014

新年明けまして、おめでとう御座います。本年も宜しくお願いします。
平成二十六年元旦
  
増田聖一

2013年12月23日月曜日

天皇誕生日(天長節)でした。

本日は、天皇陛下の誕生日、天長節でした。皇居では、両陛下が、皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下及び眞子内親王殿下を伴って、一般参賀が行われました。報道によりますと、多くの方が天皇陛下のご生誕を祝って皇居に詰めかけたようです。私も、両陛下並びに皇族方の弥栄を御祝申し上げます。

しかし、そのような祝日であるにも関わらず、私は不敬にも年末の大掃除に勤しんでおりました。誠に申し訳ありませんでした。何時か、機会があれば天長節か新年の一般参賀を訪れてみたいと希望しています。

ところで、12月23日は天長節の他にも歴史的な事件がありました。

A級戦犯絞首刑執行
日本共産党スパイ査問事件
東京タワー完工式



特にA級戦犯の絞首刑執行は、その後に何かと論議も招くことになりました。この歴史的事件に関しては、皆さんも関心を持って考えていくべき課題と思います。

2013年12月12日木曜日

共同通信の世論調査

2013年12月6日、すったもんだの末「特定秘密の保護に関する法律案」が参議院で可決され、成立しました。
本法案は賛否両論あり、賛成反対両派が意見の違いが表面化しました。

賛成にしろ反対にしろ討論が行なわれることことは、決して否定すべきことではないと思います。しかし、とある報道機関の姿勢に大いに違和感が感じました。

最初に、本案に対しての私の考えと明らかにしておきます。私は、この法律は基本的に必要なものである、という意見でした。ただし、継続審議にして、日本維新の会との合意形成をすべきではないかと考えていました。

特定秘密保護法修正・廃止を82% 内閣支持10ポイント急落、共同通信世論調査
2013.12.9 16:46 [世論調査・アンケート]
産経新聞

共同通信社が8、9両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、6日に成立した特定秘密保護法を今後どうすればよいかについて、次の通常国会以降に「修正する」との回答は54・1%、「廃止する」との回答は28・2%で、合わせて82・3%に上った。「このまま施行する」との答えは9・4%にとどまった。

安倍内閣の支持率は47・6%と、前回11月の調査より10・3ポイント急落し、昨年12月の第2次安倍内閣発足以来、初めて50%を割った。不支持率は38・4%(前回26・2%)だった。特定秘密保護法に「不安を感じる」との回答は70・8%で、「不安を感じない」は22・3%だった。



「廃止する」が28.2%、「そのまま施行する」が9.4%という数字は、賛成反対両派の譲れない意見表明として当然かと思います。しかし、共同通信は「廃止する」と「修正する」の54.1%を合算して、「特定秘密保護法修正・廃止を82%」と配信しています。わたしは、この数字に違和感があります。
この表現では、「修正する」とした人も反対派に括られています。これは、非常におかしくありませんか。
私は、「修正する」派ですが、決して反対派ではありません。82%に括られるのには、明確に反論します。
外交、安全保障、テロに関して秘密にすべき事項がある事に賛成しています。従って、「廃止する」には、反対なのです。

恐らく、「修正する」にも「廃止する」に近い人もいると思います。しかし、私は「特定秘密の保護に関する法律案」そのものには反対ではありません。

yahooの意識調査が、「特定秘密の保護に関する法律案」を取り上げています。正式な統計手段を用いた調査ではありませんが、参考までに掲載してみます

特定秘密保護法の成立をどう思う?

「成立してよかった」は46.0%です。これは、積極的賛成と判断できます。「成立してよかったが、手続きはよくなかった」が12%。消極的賛成です。双方で、58%が賛成と意思表示している訳です。

yahooが、「特定機密保護法案」に関する意識調査を行っています。

成立してよかった 46.0%
成立してよかったが、手続きはよくなかった     12.0%
そもそもこの法律に反対           38.6%



だからと言って、この「特定機密保護法案」が過半数の賛成を得ていると考えている訳ではありません。yahooの意識調査にしろ、共同通信の「全国緊急電話世論調査」なるものにしろ、正式な統計調査の手法に基づかない限り、参考意見に過ぎないと言うことです。

共同通信が行った「全国緊急電話世論調査」が対象にした電話調査は、サンプルとして極めて正確性に欠くものです。なぜなら、サンプル調査は、対象を広く偏りのないものにする必要があるからです。12月8日はともかく、9日で電話に出るということは、家庭にいる方、自営業者の方、無職の方等などで、働いている方は対象外となり調査サンプルとして適切な対象とはなりえません。
統計調査のイロハですが、共同通信が知らない筈がありません。従って、共同通信が、ためにする世論調査であることは明確です。
今回の「特定機密保護法案」騒ぎでは、賛成反対派双方とも、自らの都合に合わせた「世論調査」、「民意」なるものが目について仕方ありません。

��本文書は、私がとあるFacebookの投稿にコメントしたものを、加筆修正したものです。)