「西城秀樹さんの逝去に思う - 自らの脳出血の体験から」
2011年5月22日(日)。脳出血を患い、所沢中央病院に緊急入院した。あれから、7年の月日が流れた。昨年11月8日(火)、帰宅途上の丸ノ内線で体調を崩し、右手の麻痺、失語症(失読症)に襲われ、何とか所沢駅まで辿り着き、駅員さんに身振り手振りで救急車を頼んで貰ったところで、意識不明に。翌9日に所沢中央病院に転院して、2週間以上の入院を余儀なくされた。そうしたこともあって、5月22日は、BlogやFBに脳出血に関して、なにかしら思いを投稿することが習慣となっており、事前に文章を考えていた。その矢先に、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
2018年5月17日、歌手の西城秀樹さんが逝去されたという、驚くべきニュースが列島を駆け巡った。死因は、急性心筋梗塞と報道されている。
西城さんは、二度の脳梗塞に罹患している。自分と同じ脳疾患である。特に歌手としては致命的な構音障害を発症、一時は引退も決意したという。しかし、夫人の励ましもあり、懸命のリハビリテーションを行い、ステージへの復帰を果たす。もちろん、かつての華麗なステージは、望むべくもなかったであろうが、TV番組でみたリハビリテーションの努力は、おなじ脳血管障害を患ったものとして、大いに励まされた。
7年前の5月22日、脳出血を発症、医療法人社団和風会所沢中央病院に入院した。診断の結果、脳出血と分かった。原因は高血圧、同年9月30日に退院するまでの入院生活が始まった。所沢中央病院は救急病院であり、通常は2週間程度で退院するか、他の専門医療機関に転院する。ところが、種々の事情で入院期間は一ヶ月以上に渡り、ようやく7月1日に国立障害者リハビリテーションセンター(NRC)に転院した。
目立った麻痺も見られず、軽い方だと楽観していたのだが、そうは問屋が卸さなかった。NRCに転院後、一時外泊ゆるされた自宅で、識字に異常が現れて所沢中央病院に逆戻り、三週間の検査入院となり、リハビリテーションを中止。8月に予定されてNRC退院、通院リハビリが9月30日まで延期となった。脳血管障害というものは、やはり厄介な疾病だということ、骨身に染みた
さて、西城秀樹さん。自分より脳血管障害の症状は重く、何よりも構音障害が伴っていたという、歌い手さんとしては致命的な後遺症をもたらした。しかしながら、ご家族の協力もあり、ステージに復帰された。見事で事であり、素晴らしきこと。だからこそ、これからも活躍して欲しかった。
西城さん死去の報道を知り、勤務先から帰宅後に考えた。自分も、健常者の皆さんより、寿命が短いのだろうなと。そして、その分は有意義に生きないとなぁと。
慎んで西城秀樹さんのご冥福をお祈り申し上げます。
あれから一年
脳出血から二年が経過しました。
脳出血から二年が経過しました パート2
脳出血から丸三年が経過しました。
脳出血から丸四年が経過しました。
脳出血から丸五年が経過しました。
八国山と焼団子と山田うどんと埼玉西武ライオンズ。 この4つは、自分にとって郷土の象徴です。子供時代の遊び場にしてトトロの舞台と呼ばれている八国山。焼団子と山田うどんは、所沢市民のソウルフード。地元に本境地をおく埼玉西武ライオンズ。 私は、所沢生まれの元情報システムエンジニア。郷土を愛するエンジニアのBlogです。
2018年5月22日火曜日
2018年2月13日火曜日
見えない障害 ー 小室氏の苦悩
本記事で取り上げられている「高次脳機能障害」。自分もその患者の一人。症状が軽いと言え、この記事を読んで身につまされる思いでありました。
2011年5月、脳出血を発症して長期間の入院を余儀なくされ、復職後も2ヶ月に一度の診察、複数の薬の服用。経済的な負担も軽くはありません。家族に心苦しくもあります。
昨年11月、所沢駅で右手が麻痺し、喋ることが出来なくなり、駅員さんの通報により救急車で防衛医科大学付属病院に搬送され、二週間以上の入院。多くの方に励ましのメッセージ、感謝しています。
昨年11月、所沢駅で右手が麻痺し、喋ることが出来なくなり、駅員さんの通報により救急車で防衛医科大学付属病院に搬送され、二週間以上の入院。多くの方に励ましのメッセージ、感謝しています。
産経ニュースより
さらに問題となっているのが、本人や家族も症状に気づきにくい点だ。「見えない障害」と呼ばれるゆえんだ。
「手がまひするなどの身体障害なら、本人も周囲も気づきやすい。高次脳機能障害は、外見上は目立たず本人も周囲も気づきにくいんです」と渡辺教授。
そうなんです。亡父も外傷性の高次脳機能障害者でした。しかし、父が抱えている「見えない障害」に気づくことは、自分が高次脳機能障害になるまで理解できませんでした。
小室氏の抱えている苦悩、よく理解できます。
小室氏の抱えている苦悩、よく理解できます。
産経ニュースの記事、少々長いですがシェアしてみました。みなさんが、小室氏の苦悩、高次脳機能障害というものをご理解していだけると、有難いです。
2016年8月27日土曜日
診察時間短縮の効果 - 所沢中央病院に行ってきました。
本日、所沢中央病院に行ってきました。二カ月に一回受診する、脳神経外科の主治医による診察を受けるのが目的でした。今日は、半年に一回のMRI検査もあり、12時頃まで時間が掛かることを覚悟していました。しかし、案に相違して極めて短い時間で、帰宅することができました。
雨の中、8時45分に家を出て、帰宅したのは10時20分。1時間35分で、受診を終えることが出来ました。これは、処方箋薬局で二か月分の薬を受け取った時間を含めたものです。従来と違って、かなりの時間短縮となりました。
その理由は、受付と会計時間が短縮されたことなのは明らかです。従来は、受付と会計で大半の時間を費やしていました。MRI検査が予約されていた場合、9時に病院に入り、検査を受け、主治医の診断と問診を受け、次回診断の予約を行い、会計をして、処方箋薬局に行き、二ヶ月分の薬を受け取り、自宅に帰るのが12時ごろでした。
この時間の短縮、滅茶苦茶に助かります。午前中にも予定を入れることも可能になりました。嬉しいですね。今までは、はっきりと言うと、憂鬱でしたね、診察日は。
前から考えていたのですが、半日も病院に時間を使ってしまうと、通院する意欲が無くなるだろうなと。過去に自分も経験があります。
5年前、脳出血を患いましたが、人間ドックで高血圧を指摘されていました。しかし、診察時間の長さを考え、ついつい先延ばしをしている間に発症してしました。診察時間の短縮は、患者にも医療機関にもメリットがありますね。
所沢中央病院では、受診券の受付、会計、支払いの手順の大半が自動化、半自動化されました。
この効果は絶大です。患者にとっても、多いに助かるもですね。
(写真は、前回受診時の写真です)
雨の中、8時45分に家を出て、帰宅したのは10時20分。1時間35分で、受診を終えることが出来ました。これは、処方箋薬局で二か月分の薬を受け取った時間を含めたものです。従来と違って、かなりの時間短縮となりました。
その理由は、受付と会計時間が短縮されたことなのは明らかです。従来は、受付と会計で大半の時間を費やしていました。MRI検査が予約されていた場合、9時に病院に入り、検査を受け、主治医の診断と問診を受け、次回診断の予約を行い、会計をして、処方箋薬局に行き、二ヶ月分の薬を受け取り、自宅に帰るのが12時ごろでした。
この時間の短縮、滅茶苦茶に助かります。午前中にも予定を入れることも可能になりました。嬉しいですね。今までは、はっきりと言うと、憂鬱でしたね、診察日は。
前から考えていたのですが、半日も病院に時間を使ってしまうと、通院する意欲が無くなるだろうなと。過去に自分も経験があります。
5年前、脳出血を患いましたが、人間ドックで高血圧を指摘されていました。しかし、診察時間の長さを考え、ついつい先延ばしをしている間に発症してしました。診察時間の短縮は、患者にも医療機関にもメリットがありますね。
所沢中央病院では、受診券の受付、会計、支払いの手順の大半が自動化、半自動化されました。
この効果は絶大です。患者にとっても、多いに助かるもですね。
(写真は、前回受診時の写真です)
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総合受付
自動支払い機
2016年5月29日日曜日
国立障害者リハビリテーションセンターの元患者仲間と
今日は、日本ダービーこと東京優駿の開催日。だから言って、学生時代に先輩に馬券を買いに行かされた東京競馬場ではなく、国立昭和記念公園に行ってきました。
目的は、国立障害者リハビリテーションセンターで入院生活を共にした、元患者仲間との食事会。そこで、衝撃的な発表が・・・
最も若手の患者仲間が大分県に嫁ぐとのこと。まるで、娘を嫁に出す気分なりました。
彼女が入院して来た時は二十歳、それから5年が経過。目出度い報告を聞かせてもらいました。
12月に大分県に引っ越すとのことなので、それまでに患者仲間とお祝いの会をすることなりました。
〇〇ちゃん、おめでとう
末永くお幸せにね。
目的は、国立障害者リハビリテーションセンターで入院生活を共にした、元患者仲間との食事会。そこで、衝撃的な発表が・・・
最も若手の患者仲間が大分県に嫁ぐとのこと。まるで、娘を嫁に出す気分なりました。
彼女が入院して来た時は二十歳、それから5年が経過。目出度い報告を聞かせてもらいました。
12月に大分県に引っ越すとのことなので、それまでに患者仲間とお祝いの会をすることなりました。
〇〇ちゃん、おめでとう
末永くお幸せにね。
2016年5月22日日曜日
脳出血から、まる五年が経過しました。
入院当初の記憶は錯綜しており、途中からは全く覚えていません。が、皆様のお陰を持ちまして生きております。
現在も2ヶ月の一回の通院、4種の薬の服用が欠かせません。この薬の服用、生涯続きます。
中学校時代の同級生が癌になりました。同級生が集まった席で、二人して癌と脳出血、どちらが質が悪いか、どちらが先に命が絶えるか、笑いながら話したことがあります。それを聞いた同級生から、縁起の悪いことは言ってはいけないと、お叱りを受けたこともあります。
癌は、5年生存率が問題になりますね。5年間、癌の再発が無ければ治癒と見做すという考えです(あくまで見做すであって、5年以上経過して再発する例もあります)。
脳出血、そうはいきません。脳出血は、脳の細胞を破壊します。そして、破壊されてた脳細胞は再生しないからです。
所沢中央病院に脳出血で入院、手術を受けて急性期リハビリテーションを受けました。その後、国立障害者リハビリテーションセンターに転院、回復期リハビリテーションが始まりました。
そこで、心療内科の主治医や担当の臨床心理士から宣告を受けたことがあります。発症前の状態を100としたら、現在は50か60かと。そして、それをリハビリテーションで70、80、90、91、92と回復させていく、しかし100に戻ることはないのだと。それを聞いても、最初は楽観的に考えていました。
転院当初、幾つかの検査を受けるのですが、段々分かってくるというか、思い知るわけです。それまでは、楽観的に考えていたのに、検査の結果は明らかなんです。それまで出来ていたことが出来ない。これ、けっこう辛いものです。
自分の場合、脳出血が発症した箇所は左側頭葉の血管です。これは、MRIの画像でも明らかなのですが、脳細胞が死滅した部分は白くなっており一目瞭然。その画像を見れば、どのような後遺症をもたらすかも判断可能です。
自分の脳出血の患部は、言語を司る部分でしたが、字が読めない、書けない症状がでるんです。これは、難儀しました。
「話す」も支障がでました。話していても、詰まるんですね。単語が直ぐに出てこない。頭の中では浮かんでいるのですが、発生できない。しょうがないので、別の単語で置き換える。疲れますね。
最も悩まされるのが眩暈(めまい)です。軽い眩暈は毎日のことですが、ときたま重いのに襲われます。重い眩暈は、冬場で朝方が多いのですが、その症状がでた場合は基本的には休暇を取得します。年間の有給休暇には、眩暈で休む分も見込んでおきます。
主だった後遺症は以上ですが、他にもあります。結局、脳出血という疾病は完治しないという事実を身に沁みるわけです。だらといって、諦めてもいません、今は。
正直にいうと、最初は投げやりになったことは否定しません。段々に、自分が出来る範囲のことをしようと思えるようになりましたが、そこまでに行くまでに時間がかかりました。
脳出血にせよ脳挫傷にせよ、脳の機能に損傷があり、何らかの機能障害があった場合は、高次脳機能障害と呼ばれます。勿論、自分は高次脳機能障害と診断されました。MRI画像からの、検査の結果から否定しようのない判断です。
高次脳機能障害、外見的には分からないのが、患者のとって辛いところです。高次脳機能障害患者は、多かれ少なかれ、これで苦労します。家族も友人も知人から、直って良かったねと言われることが度々です。しかし、記述したように発症前の状態には戻らないのです。直ったと言われるのが、一番辛く腹立たしい。これは、患者全員が経験することです。
亡くなった父親が、自分が19歳の時に頭部を強打して脳挫傷になりました。それで、開頭手術が必要になり、医師から手術への同意を求められ、署名ししました。脳挫傷になった箇所は、左側側頭部。奇しくも自分と同じです。
医師から、後遺症として計算、読み書きに支障がでる可能性があると宣告されました。自分も同じです(当時は、高次脳機能障害という概念がなかったのですが)。
リハビリが終わって、父親が帰宅した時、我々家族も親族も直って良かったと言い合ったものです。しかし、直っていないことは、父親自身が最も理解していたのでしょうね。
自分も高次脳機能障害になって初めて理解しました。国立障害者リハビリテーションセンターから退院、自宅療養になったところ、家族兄弟親戚から直った直ったと言われた時、腹立たしいものありました、正直。同時に、父親に対する後悔の念が湧いてきて、これは今もあります。
年一回、国立障害者リハビリテーションセンターで同じ病棟に入院した患者仲間と食事会をて、色々なことを話します。高次脳機能障害への無理解から、周りの人が理解してくれないことへの不満がでますね。それで苦労した元患者もいますし。
今年も5月29日に昭和記念公園に集合する予定です。年齢は、50代から20代まで幅が広いですが、高次脳機能障害を互いに理解してくれる、貴重な集まりです。
発症から五年です。発症から、一〇年、一五年・・・・。五年というのは筋目ですが、自分は50歳で脳出血を患ったので、発症から計算すれば自分の年齢が簡単にわかります。便利です。
癌と脳出血、質の悪いどちらか。五年以上再発がない友人の勝利ですかね。まさか、逆転勝利を願う訳にもいきませんから(笑)
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