2012年4月3日火曜日

復帰/復職に向けて

久し振り投稿です。色々とあったので、昨年からの経過について、簡単にお知らせします。

昨年五月に脳出血を発病と入院を余儀無くされました。自宅から救急病院に入院、CT定位的血腫吸引術と脳出血の治療を受けていました。その後、リハビリ専門の医療機関へ転院しリハビリに精進していました。

九月に退院し、週二回リハビリに通い、後遺症や体力の回復に努めて、通勤に備えました。そして、十二月に勤務先と主治医と相談し、2012年1月から短時間勤務で様子を見ながら、徐々に完全復職を目指すことが決まりました。

この2012年1月から週一回から二回短縮時間勤務で、週二回の通院でのリハビリを並行しながら、軽勤務での執務を開始しました。

二月に引き続きリハビリを並行しながら、勤務回数を週三回に増やし、三月からは短縮勤務ながら週五回に勤務回数を増やしました。リハビリも終了となりました。

明日の2012年4月4日は、主治医との面談です。その上で、問題が無ければ目出度く完全復職の予定です。

勿論、これからも病気の再発に注意をし、決められた薬を風用し、健康に注意をしながらの生活が続くのですが、完全復職の目安が立ち、一安心です。

追々、その間の様子など、投稿したく考えております。

2012年1月25日水曜日

復職に前進しました

昨年5月(2011年5月)に左側頭葉の脳出血を発病以来、八ヶ月弱を経過しましたが本年(2012年)一月から漸く復職することになりました。その間は、5月下旬から9月30日までは入院と治療、リハビリのために四ヶ月弱、10月1日から年末までは通院リハビリために三ヶ月、休職をしていました。

とは言っても、完全な復職ではなく、主治医の指示もあり三月末までは短縮勤務なります。一月は週二回、二月は週三回、三月は週五回、何れも短縮時間で仕事をします。
ところで、勤務先が復職プログラムを作成、主治医と相談してくれました。そのプログラム、物凄く評価が高く、内容を検討して頂いた言語聴覚士、作業療養士、臨床心理士の方も甚く関心していました。

一月から三月末までの短縮勤務で問題が発覚しなければ四月一日からは、フルタイムで残業規制を解除され、文字通り完全復職なります。その間は、脳出血の治療を受けた救急病院の脳神経外科と国立障害者リハビリテーションセンター双方で定期的に診断を受けます。復職の件は、脳神経外科の主治医と相談しながら国立障害者リハビリテーションセンターの主治医の判断を仰ぐことになります。

復職とは言いながら制限付きなのですが、兎にも角にもここまで来られた事に感謝です。今後は、二人の主治医に注意されている疲労感が残らないことに気を付けなから、四月の完全な復職を目指します。

2012年1月4日水曜日

謹賀新年

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

今年は曜日の巡り合せの関係で、1月4日水曜日から早速仕事だということが多いのでしょうね。
年末年始休暇が6日間ということで、平年に比べると短いので残念に思っている方も少なくないと
思います。

私は、いまだ休職中で、週二回のリハビリテーションを重ねています。主治医からは、一月から
週二回の出勤の許しが出ているので、これから関係者と調整する予定です。
少しずつですが、復職へ向けて前進できると思います。

昨年5月の病気と五ヶ月弱の入院、その後のリハビリで思うことが多々あります。折々に、
それらの事について、当ブログで取り上げていきたいと思います。

2011年10月2日日曜日

退院しました

まず、のっけからご挨拶からいたします。
私、この2011年9月30日に国立障害者リハビリテーションセンターを退院いたしました。

このBlog、2010年の11月14日から全く更新せず、いきなり退院いたしましたでは、誠に失礼極まりないので、ことの経過を報告させていただきます。

実は4ヶ月間、入院をしていました。

��logの更新を怠っていたのは、私の怠慢です。更新をしようと思いつつ、そのままになっていました。そんなある日、2011年5月21日の日曜日の早朝、私は思わぬ病気に見舞われてしまいました。それは、脳出血です。
前日から不調であったので、自宅近くの救急外来を中心にしている某病院に駆け込みました。そして、血圧が高く緊急性が高いということで、即入院となりました。
MRIで画像を撮影したところ、頭部に出血認められるとのことで、脳出血との診断、血圧が下がるのを待って手術を行うことになり、症状に応じて粛々を行われました。
手術後、リハビリは専門の医療機関に任せるべきとの家族の判断と某病院との合意があり、7月4日に国立障害者リハビリテーションセンターへ転院、リハビリテーションを行うことになりました。
7月15日、センターから外出、週末は自宅過ごす予定でした。ところが、急に体調を崩して119番通報、脳出血の治療を受けた某病院に搬送されました。そのため、国立障害者リハビリテーションセンターを一旦退院、某病院に再入院しました。
某病院で再度治療を受た後、国立障害者リハビリテーションセンターに改めて入院し、改めてリハビリテーションを始めました。
そして、2011年9月30日日曜日、ようたく退院することになりました。しかし、この4カ月間、急な入院、手術、転院、救急搬送、再入院等、紆余曲折ありました。
職場の皆々様、知人、家族、親族には迷惑と心配を掛け、誠に申し訳ありませんでした。まだ、外来でのリハビリを行う必要があり、職場復帰にはもう暫く猶予が必要ですが、療養に心掛け一刻も早く皆さんにお会いしたく、希望しています。

2010年11月14日日曜日

警視庁と海上保安庁 - 治安機関の情報漏えいに思うこと

実に久し振りの登校です。前回登校から4ヵ月半以上、音沙汰なしでしたね。

11月に入って、2件の情報漏洩事件が発生、大きな議論を呼んでいます。特に海上保安庁からのビデオ映像流出は、その行為者が告白をして、賛否両論、擁護と非難の意見が交錯していますね。

情報セキュリティを生業(なりわい)にしている企業に属している以上、情報漏洩という行為に全面的に賛同するわけにはいきません。個人的には、問題のビデオは公開されえて然るべきである、と考えています。しかし、その情報が明らかになって経緯は、情報セキュリティに携わる職業人の一人として、拍手を送る訳にはいかない、そのジレンマを感じています。

某新聞社の記者が、動画サイトに投稿するのでなく、報道機関(ようは自社にということです)に知らせて欲しかったと発言しています。その報道機関が適切であるかはともかく、一つの方法ではあると思いました。なぜなら、投稿サイトと異なり、徒な情報の拡散の可能性が低いからです。ネットに拡散すると、改竄されて、国益を損ずることに成りかねないからです。

報道によると、問題の映像は当初は海上保安庁内で共有する前提であったようです(もちろん組織外への公開は制限)。今後の展開としては、機密管理性が焦点となっていくようですね。

ビデオ映像が明らかになったことは良きことと思い、また海上保安官に同情を禁じえないのですが、職業上その行為を賞賛できないというのが、小生の思いです。


海上保安庁のビデオ映像流出に隠れてしまっていますが、警視庁公安部外事三課からの捜査情報漏洩、こちらは完全に守秘義務違反、悪質性、犯罪性も明確だと思います。その行為、結果ともに問題であり、事件が早急に明らかになることが必要ですね。何故なら、機密管理されていたことが明確な捜査情報を故意に流出させたことが明白だからです、上述のように、海上保安庁のビデオ映像は、機密管理性に議論の余地がありますが、警視庁の捜査情報は機密管理されていたことに疑問の余地はないからです。たまたま、知り得た情報と言えません。また、報道されている流出情報の内容も、非公開とされることに問題はないと思われます。

事件の性質、世論の関心がビデオ映像の流出へ傾いていることもあり、報道量が少ないのが気になります。ある意味、こちらの事件の方が、国益を損傷する可能性が大きいからです。ビデオ映像の流出が、その漏洩行為の是非は別として、映像が明らかになったことで、海上保安庁が第三国の漁船の船長を逮捕したことの正当性の証明、日本の主張の裏付けとなり、必ずしもマイナスの効果ばかりでないからです。しかし、警視庁の情報漏洩事犯は、そうではありません。国益を損傷すること甚だしいばかりだからです。一刻も早く、捜査で真相が明らかになって欲しいものです。


二つの大きな情報漏洩事件について、思うことでありました。

2010年6月30日水曜日

CGEIT

s-感謝状
頂いた感謝状です。

実に久し振りな投稿です。三ヶ月以上のご無沙汰でした。う~ん 少しばかり長すぎましたね、流石に。
ところで、昨日はISACA東京支部の2010年度総会でした。ここで、東京支部運営委員会のメンバーも交代になります。再任、留任、新任、退任の新人事がお披露目になるのですが、私は隠居することになりました。つまり、退任をすることに致しました。
1998年、東京支部に貢献することでなく、CPEの獲得を目的にして教育委員に名乗りを挙げて以来12年、長いような短いような月日でありました。最後は、CGEIT委員会委員長でしたが、一番の想い出は教育担当として携わった月例会です。最初の頃は、月例会も参加者は二十数人程度、申し込みが50人を超えたと感心していた規模から、申し込みが定員を超過して、慌てて参加申し込みを打ち切る規模に拡大、恒常的に100人を超える参加者に至るまでを経験したことが最大の思い出です。東京支部の右肩上がりの拡大を月例会の規模拡大を通して、体感していたのだとも思います。
想い出は、色々とあるのですが支部の活動に時間を割くことが難しくなってきましたので、隠居をさせていただくことに致しました。
支部活動にさして貢献した訳でもないのですが、12年やっていたので、感謝状を頂くことができました。後は若手の方に引き継ぎ、頂いた感謝状と一緒に隠居生活に入ります。支部の隅っこで活動の見守っていきます。
では!!!

2010年3月3日水曜日

CISA/CISM試験合格者説明会

本日は、CISA/CISM試験合格者説明会でした。私も、ISACA東京支部CGEIT委員会委員長として出席し、合格者の皆さんの質問に答えつつ、懇親会で交流を深めてまいりました。

(残念ながら、今回もCGEIT試験合格者はいなかったのですが。・・・・これも試験日本語化が遅れているのが原因と、CGEIT委員会委員長として反省しています)

今回は、説明会を行い懇親会に移るという前回までの手順ではなく、最初から懇親会を開催し、会場内に設けた説明コーナーで、個別に質問に答えるという方式をとりました。私もCISAのコーナーで、参加者の質問の回答させて頂きました。参加者の中には、青森県の金融機関に在籍されている方も居られ、CISA/CISMの広がりを実感しました。
CGEITも試験の日本語化を急ぎ、試験合格者説明会を開催てきるようにしなければいけませんね。

合格者のみなさん、やはりCPEに関心が高いようです。幸いというか、私は過去5年、CISAとCISMのCPE監査の対象になるという貴重な経験を有しています。その経験を踏まえ、回答させて頂きます。

また、合格者の中には、私の知人もおり、2年ぶりに再会することもできました。


ところで、支部運営会議メンバー内で衝撃的事実の発表がありました。 

以下続き

ISACA東京支部運営会議の紅一点、マドンナ、広報委員会委員長にしてN短期大学専任講師のH田K子先生のご成婚が決まったとのこと。それを聞いた瞬間、支部運営会議メンバー一同、唖然でした。
まだ、16進数20代で若いのに・・・・!
16進数22歳の乙女が、マドンナが嫁入りか・・・・!
ISACA東京支部はどうなってしまうのか・・・・!
支部設立以来の危機到来か・・・・!
��田先生の突然の発表に吃驚仰天、驚天動地、しばらくパニック状態が続いた後、その場でH田先生ご成婚祝賀会実行委員会の設立が協議されました。
ということでH田K子先生、おめでとうございます。祝賀会は、みんなで何とかしますです。