本日で、アメリカ合衆国陸軍航空軍第509混成部隊所属のB-29戦略爆撃機「エノラ・ゲイ」から広島に原子爆弾が投下されてから73年の月日が流れた。そこで、一文を記したい。
中学校1年生か2年生の時、当時の音楽を担当していた先生の発案で、多くの生徒が千羽鶴を折り、広島赤十字・原爆病院に届けたことがある。自分と同級生の2名で新幹線を利用して病院を訪問、入院患者の皆さんに手渡した。当時は、原子爆弾で直に被災した方々が入院されており、実際の経験談を聞くという貴重な体験となった。また、地方紙の取材を受け、中学なりの思いを伝えた記憶がある。
なんと言っても、被爆一世と呼ばれる原爆による被害を実際に受けた皆さんの体験談を直に耳にできたことは、現在に至ってみれば、誠に貴重なことであったと思う。
今、後悔していることがある。あの時の思いを何らかの方法で、文書で書き残して置くべきであったということ。現在になって当時のことを思い起こしてみても、数十年の月日が流れたことで、多くの記憶が薄れてしまったことが残念でならない。
現在であれば、記憶が鮮明なうちにPCやSNSで記録を残しておくことが可能であったろうと思う。拙文も、その思いがあって短いものであるが、過去の記憶を思い起こしている。
原爆による被害は、広島市民や長崎市民のみならず、救援活動に出動した関係者、陸海軍将兵、近隣の市町村に渡り、通常爆弾では考えられない範囲に及んだ。
当時の記録を自分が買い集めた書籍やネットなどで読んでみると、2つの点に焦点が当たると思う。
一つ
原爆投下前に終戦の決断が出来なかったのか。
二つ
原爆による後遺症への対応が十分であるか。
8月6日にソ連が満州に侵攻(日ソ不可侵条約違反の侵略行為)があった。歴史のifが許されるなら、この時点が原爆投下前に終戦に持ち込み機会であったと思う。しかし、当時の軍部や政府の一部でも和平への動きが見られたが、時間的にも原爆投下には間に合わなかったと思われる。なぜなら、原爆投下がボツダム宣言受諾への後押しになったことが明らかである。残念ながら、この歴史のifは、成り立たない願望であろう。
二つ
この点に関しては、筆者は責任を以て発言する根拠はない。今後も、参考となる書籍などを読み、自分の見解を明らかにしたいとおもう。それは逃げだろうと批判があるとすれば、このように応える。その通りです、と。言い訳になるが、このような重大な事柄を公にするには、自分なりの確信を持つことが必要を思うが故である。筆者の逃げをお許し頂きたい。
現在、本日で、アメリカ合衆国陸軍航空軍第509混成部隊所属の爆撃機「エノラ・ゲイ」から広島に原子爆弾が投下されてから73年の月日が流れた。そこで、一文を記したい。
中学校1年生か2年生の時、当時の音楽を担当していた先生の発案で、多くの生徒が千羽鶴を折り、広島赤十字・原爆病院に届けたことがある。自分と同級生の2名で新幹線を利用して病院を訪問、入院患者の皆さんに手渡した。当時は、原子爆弾で直に被災した方々が入院されており、実際の経験談を聞くという貴重な体験となった。また、地方紙の取材を受け、中学なりの思いを伝えた記憶がある。
なんと言っても、被爆一世と呼ばれる原爆による被害を実際に受けた皆さんの体験談を直に耳にできたことは、現在に至ってみれば、誠に貴重なことであったと思う。
今、後悔していることがある。あの時の思いを何らかの方法で、文書で書き残して置くべきであったということ。現在になって当時のことを思い起こしてみても、数十年の月日が流れたことで、多くの記憶が薄れてしまったことが残念でならない。
現在であれば、記憶が鮮明なうちにPCやSNSで記録を残しておくことが可能であったろうと思う。拙文も、その思いがあって短いものであるが、過去の記憶を思い起こしている。
原爆による被害は、広島市民や長崎市民のみならず、救援活動に出動した関係者、陸海軍将兵、近隣の市町村に渡り、通常爆弾では考えられない範囲に及んだ。
当時の記録を自分が買い集めた書籍やネットなどで読んでみると、2つの点に焦点が当たると思う。
一つ
原爆投下前に終戦の決断が出来なかったのか。
二つ
原爆による後遺症への対応が十分であるか。
8月6日にソ連が満州に侵攻(日ソ不可侵条約違反の侵略行為)があった。歴史のifが許されるなら、この時点が原爆投下前に終戦に持ち込み機会であったと思う。しかし、当時の軍部や政府の一部でも和平への動きが見られたが、時間的にも原爆投下には間に合わなかったと思われる。なぜなら、原爆投下がボツダム宣言受諾への後押しになったことが明らかである。残念ながら、この歴史のifは、成り立たない願望であろう。
二つ
この点に関しては、筆者は責任を以て発言する根拠はない。今後も、参考となる書籍などを読み、自分の見解を明らかにしたいとおもう。それは逃げだろうと批判があるとすれば、このように応える。その通りです、と。言い訳になるが、このような重大な事柄を公にするには、自分なりの確信を持つことが必要を思うが故である。筆者の逃げをお許し頂きたい。
現在、核拡散防止条約(NPT)により、加盟国は米英仏ロ中以外は核兵器の保有が禁じられている。核兵器という大量殺傷兵器を、米英仏ロ中の独占を許すという、現代の不平等条約と言われる所以である。加えて、NPTから脱退、もしくは加盟を拒否した北朝鮮、インド、パキスタンの核兵器が拡散、イスラエルの核兵器保有も確実視されている。
理想は、核兵器の全廃であるが、一足飛びに実現するとは非現実的発想である。まずは、最も危険な核兵器保有国で、我が国の安全保障上も最も憂慮される北朝鮮に継続的な圧力をかけ、核弾頭を放棄させることが重要と思う。
道のりは永いと思うが、千里の道も一歩から。核兵器の廃絶を考え、原爆投下ら73年の今日、一文を記した。
エノラ・ゲイ
原爆ドーム
広島赤十字・原爆病院
0 件のコメント:
コメントを投稿