大本営 陸海軍部発表 十二月八日 六時 帝国陸海軍は本八日未明
西太平洋ニオイテ米英軍ト戦闘状態ニ入レリ。
昭和16年12月8日午前1時30分(日本時間)、淵田美津雄海軍中佐を総指揮官とする、直掩の零式艦上戦闘機43機、99式艦上爆撃機51機、97式艦上攻撃機89機、合計183機を擁する第一波攻撃部隊が空母6隻を離陸、布哇準州オハフ島真珠湾に向けて飛び立ちました。
現地時間12月7日午前7時49分(日本時間12月8日3時19分)、第一波攻撃部隊が米太平洋艦隊と米陸軍航空基地に到達し、淵田中佐が「全軍突撃セヨ」との無電を全機に打電、総攻撃を命じました。
同7時52分(日本時間12月8日3時22分)、淵田中佐は「ワレ奇襲ニ成功セリ」と暗号略号「トラ・トラ・トラ」を打電、全軍攻撃開始、真珠湾在泊の艦艇、航空機、施設などを雷撃、空爆、機銃掃射を敢行しました。
現地時間午前8時54分(日本時間4時24分)、第二波攻撃隊総指揮官嶋崎重和海軍少佐が直掩の零式艦上戦闘機36機、99式艦上爆撃機81機、97式艦上攻撃機54機、合計171機に全軍突撃を下令、打撃を受けていた米陸海軍部隊に追い打ちを掛けました。
航空部隊による空爆とは別に、5隻の特殊潜航艇、甲標的に乗り込んだ10名の将校下士官により攻撃が実施され、酒巻少尉を除く9名が戦死して二階級特進、9軍神と称されることなりました。
真珠湾奇攻撃により、米太平洋艦隊は戦力の大半を一時的に損失、修理が完了するまで帝國海軍との戦力差に苦慮することなります。しかし、主目的とした米空母は「エンタプライズと」と「レキシントン」真珠湾を出港しており、「サラトガ」「ホーネット」「ヨークタウン」「ワスプ」「レンジャー」は大西洋に配備されおり、帝国海軍の攻撃から免れることとなりました。これが、後のミッドウェイ海戦の勝敗を分けることになりました。
真珠湾奇襲に際しては、軍部と外務省との合意で対米最後通牒は攻撃前に手交することのなっていましたが、幾つかの不手際が重なり(これに関しては、複数の説があります)、結局一時間後となり、米国政府と国民に「真珠湾を忘れるな」、「Remember
Pearl
Harbor」という憤激を巻き起こし、第二次世界大戦参戦の格好の口実を与えることなりました。それまでは、米国の世論は対日強硬の方向にありましたが、開戦まには至ってません。それが、ルーズベルト米大統領が対日開戦を画策したとの陰謀論に繋がるのです。
以上が、真珠湾奇襲だけに特化した1941年12月8日(布哇時間7日)のあらましです。実は、このことだけを取り上げることは、歴史を考える上で諌めなければなりません。それは、大きな戦というものは、その前に生起した様々な歴史的事象の集合体であり、それまでの経緯を知らずして、もしくは正しく理解せずに考察することは、甚だ危険なことです。
この度、安倍晋三総理大臣が、真珠湾奇襲攻撃から75年を経過して、初めて日本の為政者として訪問、慰霊することになったのも、その現れだと考えています。
亜細亜おける日米同盟が、欧州の米英関係と並ぶ世界で最も重要な二国間関係と言われながら、日本国総理大臣の真珠湾訪問までに75年の月日がかかったことに、思いを致す必要があると思います。
この度の布哇訪問に関しては、左右から賛成反対の声が上がっています。曰く、遅すぎる、慰安婦への謝罪が先だ、亜細亜諸国への謝罪が不十分、真珠湾奇襲はルーズベルト米大統領に嵌められた云々。
ネット界隈でも、妄想の世界でも楽しんで頂きたい方々の投稿が相次いでいます。安倍首相、無視しましょう。この度の布哇真珠湾訪問は、オバマ大統領の広島訪問と並び、首相が悲願とする戦後レジーム総決算の一助になることは間違いないと思います。そこで、気になるのが、オバマ大統領との最後の首脳会談で発表されるであろう首相談話です。謝罪するのではなく、未来志向のは談話が表明されることを大いに希望します。
戦闘機部隊の発艦準備中の空母甲板
空母を発艦間近の零式艦上戦闘機
奇襲部隊の攻撃で炎上中の米海軍の戦艦
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