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2017年3月11日土曜日

東日本大震災慰霊の日と次男の誕生日

2011年3月11に未曾有の大災害が、東北地方を中心とする東日本を襲ってから、早くも6年の時を経過しました。
今だに多くの方が避難生活を余儀なくされ、原発いじめなど陰湿で聞くに堪えない事案を報道されていますが、悲しいことです。こうした風潮が一刻も早く、解消することを祈るだけでなく、自分も出来ることを考えています。
我が家では、福島県産であろうと、購入しています。福島県から出荷されるお米は、全量検査され、放射線の影響がないと判定されています。考えてみれば、これほど安全な主食はありません。皆さん、福島県産の農産物、積極的に買いましょう。

ところで、昨年のBlogでも触れましたが、3月11日は大学一年生である次男の誕生日です。次男には申し訳ないですが、2012年の3月11日は流石にお祝いすることに躊躇を覚えました。しかし、翌年からは慰霊は慰霊、次男の誕生日は誕生日を切り分けて考えています。

まあ、我が家は息子二人、10年近く前から誕生日を正式に祝うことはなく、ケーキなどで簡単にすませていますが。因みに、私の誕生日は完全にするスルーされてます(泣)

今年も、大震災と次男の誕生日なりました。皆さんのお考えはどうあれ、東日本大震災で亡くなられた方々を慰霊すると共に、次男19歳の誕生日を簡単ですが、祝います。

昨年のBlog記事です。
東日本大震災と誕生日

地震直後、勤務先近くの日本橋小学校校庭に避難している近隣住民の皆さんと、付近の企業で働いている従業員です。

2016年3月11日金曜日

東日本大震災と誕生日

3月11日は、東日本大震災から丸5年。あの未曾有の大災害から、あっという間に5年の月日が流れましたが、未だに多くの被災者が仮設住宅暮らしを余儀なくされています。

写真は、震災の日に近隣の企業の従業員や地元の住民の皆さんが避難した日本橋小学校です。
企業によっては、ヘルメットの用意が事前に行われていたのが印象的でした(現在は、勤務先もヘルメットが用意されています)。





この日は帰宅難民となり、東京地下鉄、西武線の運航が再開し、所沢の自宅に帰り着いたのは午前3時過ぎでした。コンビニエンスストアの食料も無く、帰宅して飲んだ麦酒で人心地ついたのを覚えています。

今日は、各地で慰霊祭や追悼の行事が行なわれいますし、BlogやSNSでも様々な意見が飛び交っています。
筆者は、災害の現場に入ったことがありません。ボランティアに応募しようと考えたことはあたのですが、2011年5月下旬に脳出血を発症してしまい、自らの命が先になってしましました。それが、今に至るまでの悔いになっています。

何か、今からでも役に立てることがあるのか。これから考えてみようと思います。

ところで、埼玉新聞でこのような記事を見かけました。

誕生日祝えない?3月11日の卒業祝い給食賛否 教諭「給食は教育」

 吉川市の中学校の卒業お祝い給食が東日本大震災から5年の3月11日と重なることに、賛否両論の意見が上がっている。市教委は「震災を忘れていたわけではない。学校で黙とうをしようという意見もある」と説明。昨年も3月11日に卒業のお祝い献立で、生徒から最も人気のあったカレーライスなどが出されたが、現場から異論は出なかったという。
 今年は学校現場から「震災のあった日にお祝いなんて非常識」との意見があり、市教委は「さまざまな先生がいて、ご意見もある。それらの意見を踏まえて、来年度以降は卒業祝いの給食の献立や日程、名称も含めて協議をしたい」としている。
 子どもが3月11日に1歳の誕生日を迎えるという30代の女性は「生まれる日は選べない。誕生日を祝えないのか、と嫌な気持ちになる人もいる」と話した。
 市内中学校の男性教諭は「給食も教育の一環。学校でやることと、誕生日などの個人でやることは違う。なぜ日程を変えられないのか。震災の日と卒業のお祝いの日と分けて物事を考えて良いのか」と問う。賛否両論の意見が出ていることには「おかしいと感じる人たちもいる。来年度以降は教育委員会も日程に配慮すると思う。それはそれで良かった」と話した。
次男の誕生日が3月11日なのです。3月11日生まれたのは、次男やその他の人々には責任はありません。
我が家では、東日本大震災の被害を記憶にと留めつつ、次男の誕生日を祝います。
不謹慎と言われる意見がるかもしれませんが、それが我が家の3月11日です。